知識の「わかったつもり」は誰にでもある|説明すると穴が見つかる

目次

知識の「わかったつもり」とは?「知っている」と「説明できる」がズレる理由

知識の「わかったつもり」は誰にでもある|説明すると穴が見つかる

本や動画で「なるほど、よくわかった」と感じたのに、いざ人に説明しようとすると言葉が出てこない。そんな経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。心理学では、身の回りの仕組みを実際より深く理解していると感じてしまう心の動きを、「説明深度の錯覚」と呼びます。わかったつもりは、頭のよさや努力の足りなさだけで起きるものではありません。今回は、わかったつもりの正体と、「知っている」にもいくつかの種類があること、あなたの「わかったつもり」度を確かめるセルフチェックをご紹介します。

わかったつもりの正体は「説明深度の錯覚」 — 仕組みの理解ほど深く見積もりやすい

相談者
先生、この前、子どもに「冷蔵庫って、どうして冷えるの?」と聞かれて、うまく答えられなかったんです。毎日使っているのに……。これって、ただの勉強不足でしょうか?
ハック先生
わかります、ドキッとしますよね。でも、安心してください。それは、ほとんどの人に起きる心の動きなんです。

アメリカのイェール大学の心理学者、ローゼンブリットとカイルは2002年、この現象に「説明深度の錯覚」という名前をつけて、論文にまとめました。要旨では、次のように説明されています。

  • 人は、身の回りの複雑な仕組みを、実際よりずっと正確に、筋道立てて、深く理解していると感じている
  • この錯覚は、事実や手順、物語についての知識より、仕組みを説明する知識で特に強い

研究チームは、知識の種類を変えながら、同じような実験をくり返しました。理解度を7段階で自己評価してもらい、説明や答えを求めたあとで、もう一度評価してもらう方法です。

知識の種類 実験で使った題材 説明や答えを求めたあとの自己評価
仕組み ファスナー、水洗トイレ、速度計など はっきり下がった
事実 世界の国の首都 下がったが、仕組みより小さかった
手順 チョコチップクッキーの作り方、蝶ネクタイの結び方など 下がらなかった
物語 人気映画のあらすじ 下がらなかった

首都の名前なら「言えた」「言えなかった」がすぐにわかりますよね。クッキーの作り方や映画のあらすじも、ふだんから人に話したり、実際にやってみたりしているので、自分の実力を見積もりやすいのです。ところが仕組みの説明は、ふだん試す機会が少ないものです。そのぶん、わかっている気持ちだけが、実際より先に大きくなりやすいのです。

「それって、頭のいい人ほど自信過剰になるだけでは?」と思うかもしれませんね。研究チームも同じ疑問を持ち、入試の難しさが大きく違う地方の州立大学の学生でも、同じ実験をしています。

実験の参加者 結果
イェール大学の大学院生 説明したあと、理解の自己評価が下がった
イェール大学の学部生 同じように下がった
地方の州立大学の学生 ほぼ同じ結果になった

つまり、わかったつもりは、特別な人だけに起きるものではないということです。

うれしい結果もあります。1つめの実験では、専門家による説明を読んだあと、参加者は「自分の知識が大きく増えた」と評価していました。わかったつもりに気づくことは、本当の理解に向かう入り口にもなるのです。

ファスナーを使った実験の流れや、仕組みでとくに錯覚しやすい理由は、【ポイント1】でくわしくお話ししますね。

「知っている」には種類がある — 意識して思い出せる記憶と、そうでない記憶

相談者
でも先生、私、自転車には乗れるのに、「乗り方を説明して」と言われたら困ってしまいます。説明できないってことは、本当は「知らない」ってことなんでしょうか?
ハック先生
いいところに気づきましたね。そこは、分けて考えると、すっきりしますよ。

記憶の研究者スクワイアは、2004年の総説で、記憶の研究の流れを次のようにまとめています。

  • 1980年ごろから、健康な人、記憶障害のある人、動物の研究が、「意識して思い出せる記憶」と「そうではない記憶」を区別できる、という見方にまとまってきた
  • その後、記憶は、海馬や扁桃体、線条体、小脳などに支えられる、いくつもの別々のしくみでできているという見方に進んだ

「知っている」を、身近な言葉で整理すると、次のようになります。

種類 どんなものか 身近な例
意識して思い出せる記憶 事実や出来事を思い出して、言葉で伝えられる 国の首都、昨日の出来事
思い出さなくても表れる記憶 練習で身についた技能などが、動きや反応の変化として表れる 自転車の乗り方、慣れたキーボード入力
自分の理解についての見積もり 自分がどこまでわかっているかを判断する 「これは説明できる」と感じる気持ち

自転車に乗れるのは、思い出さなくても表れる記憶が働いているからです。乗り方をうまく説明できなくても、体はちゃんと「知っている」わけですね。

ここで大事なのは、「知っている」と「説明できる」のズレには、向きの違う2つのかたちがあることです。

ズレのかたち 中身 くわしく読める章
説明できないのに、できる 経験が、技能や反応にしっかり表れている 【ポイント2】
説明できると思っているのに、できない 自分の理解の見積もりが、実際より高くなっている(わかったつもり) 【ポイント1】

同じ「説明できない」でも、中身はまったく違います。自転車のように体が覚えている知識は、そのままで大丈夫です。気をつけたいのは、仕組みや理由を「わかっている」と思いこんでいる知識のほうなんです。

ちなみに「潜在意識」という言葉は便利ですが、その中には、いくつもの別々の記憶の働きが入っています。潜在意識を一つの大きな倉庫のように考えるより、「どの種類の知識の話かな?」と分けて考えるほうが、正確に理解しやすくなりますよ。

【30秒セルフチェック】あなたの「わかったつもり」度はどれくらい?

相談者
お話を聞いているうちに、私にもわかったつもりがたくさんありそうな気がしてきました。かんたんに確かめる方法はありますか?
ハック先生
ありますよ。次の7項目のうち、当てはまるものを数えてみてください。30秒で終わります。

□ 1. 本や動画で「なるほど」と思っても、人に説明しようとすると言葉につまる
□ 2. 毎日使っている家電の仕組みを聞かれると、「なんとなく」としか答えられない
□ 3. 何度も目にした話は、くわしく知っている気がする
□ 4. 用語の名前は言えるのに、具体的な例を挙げるのは苦手
□ 5. 勉強といえば、ノートや教科書を読み返すことが中心
□ 6. どこで知ったか思い出せない話でも、「前から知っていた」と感じることがある
□ 7. 自分の得意な分野の話が、初心者の人になかなか伝わらなかったことがある

当てはまった数で、今のあなたの状態の目安がわかります。

当てはまった数 今の状態 読みどころ
0〜2個 今のところ、わかったつもりを感じる場面は少なめです 【ポイント1】で、誰にでも起きる理由を知っておきましょう
3〜4個 見慣れた感じと、本当の理解が混ざりやすくなっています 【ポイント2】で、説明できない知識とわかったつもりの違いを整理してください
5個以上 わかったつもりが、学びのじゃまをしているかもしれません 【ポイント3】の3ステップから読んでも構いません

大事な注意点が3つあります。

  • これは研究で作られた診断テストではなく、自分をふり返るための目安です
  • 当てはまる数が少なくても、わかったつもりがないとは限りません。この錯覚は、自分では気づきにくいのが特徴です
  • 当てはまる数が多くても、頭が悪いということではありません。名門大学でも地方の大学でも、同じように起きていました

項目2が気になった方は、ファスナーがどうやって閉まるのかを、今ここで30秒だけ説明してみてください。「かみ合うから……」の先で、言葉が止まりませんでしたか? 【ポイント1】では、同じような説明に挑戦した人たちに何が起きたのかを見ていきます。項目6と7にうなずいた方には、【ポイント1】と【ポイント2】に、ちょっと意外な研究を用意しています。

ひとつ覚えておいてほしいのは、わかったつもりを恥ずかしがらなくていいということです。わかったつもりは、見慣れたものに囲まれて暮らす私たちにとって、自然に起きる心の動きです。気づいたところから、本当の理解が始まります。

では、なぜ私たちは、ここまでわかったつもりになってしまうのでしょうか。次の章で、イェール大学の実験をくわしく見ていきましょう。

知識の「わかったつもり」とは?「知っている」と「説明できる」がズレる理由

【ポイント1】ファスナーの仕組み、説明できますか?「わかったつもり」が起きる理由

上着やカバンについているファスナー。つまみを上げると左右の歯がかみ合い、下げると外れます。では、つまみの中でいったい何が起きているのか、説明できますか? 「歯がうまくかみ合うように……」の先で、言葉が止まってしまう方も多いのではないでしょうか。

実は、アメリカのイェール大学の実験では、ファスナーや水洗トイレなどの仕組みを説明しようとした人のほぼ全員が、理解の自己評価を下げました。わかったつもりが起きやすい理由としては、目で見て動きを追えること、部品の名前を知っていること、何度も見聞きしたことを、本当の理解や知識と取り違えやすいことが考えられています。

この章では、イェール大学とドイツのケルン大学の研究をもとに、わかったつもりが起きる理由をわかりやすく解説します。先に、ポイントをまとめておきます。

研究 何をしたか わかったこと
イェール大学の実験(2002年) 大学院生が身近な道具の仕組みを説明し、理解の自己評価をつけ直した 説明を書くと、ほぼ全員が自己評価を下げた
40の道具の分析(2002年) 道具ごとに、部品の見えやすさ、なじみ、部品の数などを評価してもらった 部品がよく見える道具ほど、自信が高く、ズレも大きい傾向があった
ケルン大学の実験(2024年) 雑学の文を見せたあとで、「実験の前から知っていたか」を答えてもらった 実験の中で見た文は、初めて見る文より「前から知っていた」と判断されやすかった

ひと言でまとめると、「見える」「名前を言える」「何度も見た」は、「説明できる」「知っている」とは別ものです。ここから、ひとつずつ見ていきましょう。

イェール大学の実験 — 説明を書いた人のほぼ全員が、理解の自己評価を下げた

わかったつもりを実験で確かめたのが、アメリカのイェール大学の心理学者、ローゼンブリットとカイルです。2002年に発表した論文の1つめの実験には、イェール大学のさまざまな研究科で学ぶ大学院生16人が参加しました。

説明を求められたのは、次の8つの道具です。専門知識がなくても理解できる説明がある道具が選ばれ、参加者は2つの組に分かれて、4つずつ説明しました。

組 説明を求められた道具
1つめの組(8人) 速度計、ファスナー、ピアノの鍵盤、水洗トイレ
2つめの組(8人) シリンダー錠、ヘリコプター、クオーツ時計、ミシン

実験は、次の順番で進みました。

段階 やったこと 自己評価
練習 理解度を7段階でつける方法を、図と文章で学ぶ。例に使われたのは、多くの大人が仕組みをよく理解しているクロスボウ(台に取りつけた弓)と、ほとんどの人が理解していない、人工衛星で位置を測る受信機 なし
1 48項目の一覧を見て、それぞれの理解度をつける(約10分) 1回目
2 4つの道具について、はじめの段階から終わりの段階まで、どの段階がどうやって次の段階を引き起こすのかを、すきまなく書く 2回目
3 仕組みをわかっていないと答えられない質問に答える(たとえば、ヘリコプターは、空中に止まった状態から、どうやって前へ進むのか) 3回目
4 専門家による図つきの説明を読み、「もともとの自分の理解」をつけ直す 4回目
5 説明を読んだあとの、今の理解をつける 5回目

説明を書くときは、つながりがわからないところに、すきまがあると書きこんで先へ進むように指示されていました。どこまで説明できて、どこから説明できないのかが、本人にも見えやすくなるしくみです。

結果は、次のとおりです。

  • 説明を書く、質問に答える、専門家の説明と比べる、という場面に向き合うと、ほぼ全員が「自分の知っていること」の見積もりを下げた
  • はっきり下がったのは、説明を書いた直後。質問に答えたあとも少し下がったが、統計的にはっきりした差ではなかった
  • 専門家の説明を読んでも、「もともとの自分の理解」の評価は戻らなかった
  • 説明を読んだあとの「今の理解」は、大きく上がった

この結果には、「質問が意地悪だっただけでは?」といった、別の見方を打ち消す意味もありました。研究チームの考え方を表にすると、次のようになります。

考えられる原因 その原因なら、こうなるはず 実際の結果
質問が細かすぎて不公平だった 専門家の説明を読めば、「もともとの理解」の評価は上がる 上がらなかった
実験のせいで、自信全体をなくしただけ 説明を読んだあとの「今の理解」も、低いまま 大きく上がった
時間がたつと、評価が下がるだけ 4回目も5回目も下がる 5回目は上がった

実験のあとの聞き取りでは、多くの参加者が、思っていたよりずっと知らなかったことに本気で驚き、謙虚な気持ちになったと話しました。おもしろいのは、数人が「もう一方の組の道具だったら、もっとうまく説明できたのに」と話したことです。実際には、2つの組の成績は同じ水準でした。わかったつもりの根強さを感じさせるエピソードです。

研究チームは、条件を変えて、同じ結果になるかも確かめています。

追加の実験 変えたこと 結果
研究2 イェール大学の学部生33人で、同じ手順をくり返した 同じように下がった
研究4 学部生32人で、説明する道具を別の32個に入れかえた 同じように下がった
研究5 別の学部生12人が、研究2の参加者の説明文を、同じ7段階で採点した 第三者の採点は、本人のはじめの自己評価より低かった
研究6 学部生31人に、「あとで説明を書き、質問に答えてもらう」と前もって伝えた 下がり方は小さくなったが、それでも下がった

特に注目したいのが、研究5の第三者による採点です。研究2の参加者の自己評価と並べると、次のようになりました。

評価 7段階の平均
本人の1回目(説明を書く前) 3.89
本人の2回目(説明を書いたあと) 3.10
本人の3回目(質問に答えたあと) 2.49
本人の4回目(専門家の説明を読み、もともとの理解をつけ直したとき) 2.62
第三者の採点(専門家の説明を読む前) 2.72
第三者の採点(専門家の説明を読んだあと) 2.44

第三者の採点は、本人の1回目と2回目より統計的にはっきり低く、3回目と4回目とは差がありませんでした。つまり、説明を書く前の自信は高すぎて、質問に答えたあとの評価のほうが、他人から見た実力に近かったのです。研究チームは、評価が下がったのは弱気になったからではなく、自分の知識を正しく見積もり直した結果だと考えています。

研究6にも、意外な結果がありました。前もって予告されても、1回目の自己評価は低くならなかったのです。下がり方が小さくなったのは、説明を書いたあとや質問に答えたあとの評価が、ほかの実験より高めだったためでした。「あとで説明してもらいます」と言われても、はじめの見積もりは変わらなかったわけです。

実験の流れと、自己評価の動きを図にすると、次のようになります。

flowchart TD
    S["🧪 イェール大学の
実験の流れ"] A["📋 48項目の
理解度を
7段階で評価"] B["📝 4つの道具の
仕組みを書く"] C["📉 自己評価が
はっきり下がる"] D["❓ 仕組みを問う
質問に答える"] E["📉 低いまま"] F["📖 専門家の
説明を読む"] G["🤔 もともとの
理解の評価も
戻らない"] H["📈 今の理解は
大きく上がる"] S --> A A --> B B --> C C --> D D --> E E --> F F --> G G --> H classDef cStart fill:#EAF2FF,stroke:#3B6FD8,stroke-width:2px,color:#1B2B4B classDef cStep fill:#F3E8FF,stroke:#8B5CF6,stroke-width:2px,color:#3B1F6B classDef cDown fill:#FFE9EC,stroke:#E0556B,stroke-width:2px,color:#5C1623 classDef cUp fill:#E6F6EC,stroke:#2E9E5B,stroke-width:2px,color:#14452B class S cStart class A,B,D,F cStep class C,E,G cDown class H cUp linkStyle default stroke:#94A3B8,stroke-width:2px

今日から使えるヒント

この実験は、紙とペンがあれば、自分でも体験できます。

手順 やること
1 ファスナー、水洗トイレ、ボールペンなど、身近な物をひとつ選ぶ
2 その物を見ないで、仕組みの理解度を7段階でつける
3 動きのはじまりから終わりまで、どの部分がどう次を動かすのかを書く。わからないところには「?」を書いて先へ進む
4 もう一度、理解度を7段階でつける

点数が下がっても、落ちこむ必要はありません。実験の参加者と同じように、見積もりが正確になったしるしです。見つかった「?」を本物の知識に変える方法は、【ポイント3】でご紹介します。

部品が見えるものほど錯覚しやすい — 事実や手順より「仕組み」でズレが大きい

はじめの章で、わかったつもりは、首都のような事実や、料理の作り方のような手順より、仕組みの知識で大きくなりやすいことをお伝えしました。では、なぜ仕組みなのでしょうか。

研究チームは、仕組みの説明には、錯覚を生みやすい特徴がいくつも重なっていると考えました。わかりやすく5つに分けて整理すると、次のようになります。

錯覚を生みやすい特徴 どういうことか 身近な例
目の前の物に助けられている 物が目の前にあれば、見ながら動きを確かめられる。その助けの分まで、頭に入っていると思いこむ 缶切りを手に取ると、どう切れるのかわかる気がする
働きと仕組みの取り違え 「何をするものか」がわかると、「どうやって動くのか」までわかった気になる 車の変速機が「エンジンから車輪へ伝える力を変える」とは言えても、中の歯車の動きは説明できない
名前と仕組みの取り違え 部品の名前を言えると、部品どうしのつながりまで知っている気になる パソコンにメモリやハードディスクが入っていると知っていても、どう連携して動くのかは説明できない
説明のゴールが見えにくい 首都なら、名前が言えればおしまい。仕組みの説明は、どこまで書けば十分なのかがはっきりせず、自分で確かめにくい 「潮の満ち引きはなぜ起きる?」に、どこまで答えれば十分なのか判断しにくい
説明する機会が少ない 事実を思い出したり、手順をこなしたりする機会に比べて、仕組みを説明する機会は少ない。うまく説明できたかどうかの経験も積みにくい 冷蔵庫の仕組みを、人に説明したことはほとんどない

「説明する機会が少ない」については、研究チームは、学校の先生や解説文を書く人のように、ふだんから説明している人は錯覚が小さいのではないか、と予想しています。ただし、この論文ではまだ確かめられていません。

機械だけではない — 自然の仕組みでも同じだった

研究チームは、「人が作った道具だから、錯覚が起きるのでは?」という疑問も確かめています。イェール大学の学部生31人に、道具の代わりに、24の自然現象について同じ手順で答えてもらいました。

項目 内容
題材の例 地震はどうして起きるのか、彗星にはなぜ尾があるのか、潮の満ち引きはどうして起きるのか、虹はどうやってできるのか
仕組みを問う質問の例 潮の満ち引きは、なぜ1日に2回あるのか
結果 道具のときと同じように、説明を書いたあとで自己評価がはっきり下がり、専門家の説明を読んだあとの「今の理解」は上がった

道具との違いは統計的にはっきりしたものではありませんでしたが、道具のほうが少し大きく下がる傾向がありました。研究チームは、自然現象には「何のためにあるのか」という働きがないため(潮は、目的があって満ち引きしているわけではありません)、働きと仕組みの取り違えが起きにくく、そのぶん錯覚が少しだけ小さくなった可能性があると考えています。わかったつもりは、人が作った道具か自然かを問わず、「仕組み」を説明するときに大きくなりやすいのです。

自信の強さと結びついていたのは「部品の見えやすさ」だった

研究チームは、道具によって錯覚の大きさが違うことにも注目しました。予備調査で、参加者に「どんな道具で思いこみが大きくなると思うか」をたずねると、多かった答えは「なじみのある道具」と「部品が多い複雑な道具」でした。

そこで、イェール大学の学部生54人に、これまでの実験で使った40の道具を、次の点で評価してもらいました。

評価した特徴 内容
なじみ その道具を、どれくらいよく知っているか
見える部品の割合 ふつうに使っているとき、部品のどれくらいが外から見えているか
機械か電気か 機械の力で動くのか、電気の働きで動くのか
部品の数 全部で、いくつくらいの部品でできているか
名前を言える部品の数 名前を言える部品が、いくつあるか

この評価を、実験で測った「1回目の自信の高さ」と、「1回目から3回目までの下がり幅(思いこみの大きさ)」と比べた結果が、次の表です。

道具の特徴 1回目の自信の高さとの関係 思いこみの大きさとの関係
見える部品の割合 強く結びついていた もっともよく説明できた
名前を言える部品の数や割合 結びついていた はっきりしなかった
なじみ ほかの特徴を考えに入れると、関係は見られなかった 関係は見られなかった
部品の数(複雑さ) ほかの特徴を考えに入れると、関係は見られなかった 関係は見られなかった

予備調査の参加者の予想に反して、なじみや複雑さではなく、「部品がどれくらい見えるか」が、自信の高さとも思いこみの大きさとも、もっとも強く結びついていたのです。部品がよく見える道具の例として、論文では缶切りや自転車の変速機があげられています。反対に、パソコンは、大事な部品のほとんどが外側のケースの中に隠れている道具の例です。

なぜ、部品が見えると錯覚しやすいのでしょうか。研究チームの考えを整理すると、次のようになります。

  • 部品がよく見える道具は、じっくり眺めれば、その場で動き方を組み立てられる
  • 缶切りがふたを切る様子を頭の中で動かすと、実際に見ているような感覚になり、見て確かめたのと同じくらい確かなものに感じてしまう
  • ところが、頭の中の映像は映画のセットのようなもの。表から見るとよくできていても、寄りかかろうとすると中身がない
  • 説明を書いてはじめて、その薄さに気づくため、参加者は驚いたのではないか

ただし、この分析は、40の道具の評価どうしを比べた相関の分析です。見える部品の割合は、機械か電気か、部品の数、なじみなどとも強く関係し合っていて、研究チーム自身も、解釈は単純ではないと断っています。部品が見えることが錯覚の原因だと確定したわけではない点は、覚えておいてください。

部品の見えやすさと自信の関係を、研究で見られた傾向として図にまとめると、次のようになります。

flowchart TD
    Q["🤔 自信の強さと
結びつく特徴は?"] A["🔍 部品が
よく見える道具
缶切りなど"] B["📦 部品が
隠れた道具
パソコンなど"] C["👀 見れば
動きを追える"] D["❔ 中が見えず
動きを追えない"] E["😊 わかった気に
なりやすい"] F["🙂 自信は
控えめ"] G["📉 説明すると
ズレが大きい"] H["📏 ズレは
小さめ"] I["💡 見えることと
説明できることは
別もの"] Q --> A Q --> B A --> C B --> D C --> E D --> F E --> G F --> H G --> I H --> I classDef cQ fill:#EAF2FF,stroke:#3B6FD8,stroke-width:2px,color:#1B2B4B classDef cVis fill:#FFF4E0,stroke:#E8912D,stroke-width:2px,color:#5A3300 classDef cHid fill:#E6F6EC,stroke:#2E9E5B,stroke-width:2px,color:#14452B classDef cGoal fill:#FFF8D6,stroke:#C9A227,stroke-width:2px,color:#4D3B00 class Q cQ class A,C,E,G cVis class B,D,F,H cHid class I cGoal linkStyle default stroke:#94A3B8,stroke-width:2px

今日から使えるヒント

家電や道具を見かけたら、「何をするもの?」と「中で何が起きている?」を分けて、自分に聞いてみましょう。

身近な物 何をするもの?(働き) 中で何が起きている?(仕組み)
冷蔵庫 食べ物を冷やす ?
ファスナー 布の左右をつなぐ ?
電子レンジ 食べ物を温める ?

右の列が「?」のままなら、そこがわかったつもりの入り口です。考えるときは、物を目の前から離しておくのがコツです。見ながらなら組み立てられる動きも、見ないで説明できるとは限らないからです。

何度も見ると「前から知っていた」気がする — 見慣れた感じと本当の知識は別もの

ここからは、道具の仕組みではなく、雑学やニュースのような「情報」の話です。はじめの章のセルフチェックで、「どこで知ったか思い出せない話でも、『前から知っていた』と感じることがある」に当てはまった方は、ぜひ読んでみてください。

ところで、この記事では「わかったつもり」という言葉を、もう何度も目にしてきましたね。読みはじめたときより、ずっと前から知っていた言葉のように感じていませんか?

前の項目では、道具への「なじみ」は、説明のズレの大きさとは関係していませんでした。ところが、くり返し見聞きした経験は、別の形で私たちの判断に影響します。くり返し見ただけの情報を、「前から知っていた知識」だと感じさせることがあるのです。

くり返し見聞きした情報が本当らしく感じられやすいことは、これまで多くの研究で調べられてきました。「真実性の錯覚」と呼ばれる現象で、ニセのニュースや誤った情報の問題にも関わるものとして注目されています。くわしくは、まとめの章の「よくある質問」でお話しします。

ドイツのケルン大学のスペックマンとウンケルバッハは2024年、くり返しが「前から知っていた」という感覚まで変えるのかを調べました。

項目 内容
実験の数 事前登録した4つの実験(合計773人)
前半 雑学の文を見せる
後半 前半で見せた文と、初めて見る文を混ぜて見せる
答えてもらったこと 「本当か、うそか」ではなく、「この実験に参加する前から、その文の内容を知っていたか」
そのほか 知識の情報源(どこで知ったのか)も答えてもらった

事前登録とは、実験を始める前に、調べ方や分析の方法を公開して登録しておくやり方です。結果を見てから都合のよい分析を選ぶことができなくなるため、研究の信頼性を高める方法として広がっています。

結果は、次のとおりです。

  • 4つの実験のすべてで、前半で見た文は、初めて見る文より「前から知っていた」と判断されやすかった
  • 内容がうその文でも、くり返し見た文は「うそだと前から知っていた」と判断されやすかった

実験の中で見せられただけで、「前から知っていた」という判断が増えたのです。研究チームは、最近見たばかりの情報と、以前からしっかり身についている知識を、記憶の中でうまく区別できないことが、くり返しの効果が強く、長く続く理由のひとつではないかと考えています。くり返し見た情報が本当らしく感じられるのは、それを「前から知っている事実」だと思ってしまうからかもしれない、というわけです。

2つの錯覚を並べると、共通点が見えてきます。

説明深度の錯覚 くり返しで生まれる「前から知っていた」錯覚
起きやすい題材 道具や自然の仕組み 雑学やニュースのような情報
「知っている感じ」のもと 見える部品、働きの理解、部品の名前 くり返し見聞きした経験
本当の知識とのズレ 説明を書くと、理解の浅さが見えてくる 実験の中で見ただけの情報まで、「前から知っていた」と判断しやすくなる

どちらも、「知っている感じ」と「本当に知っていること」は別ものだと教えてくれます。見慣れた感じがあるからといって、それだけで知識がある証拠にはならないのです。

知っておきたい注意点

  • イェール大学の一連の研究は、アメリカの大学生と大学院生を対象に、7段階の自己評価を使って行われた実験です
  • 部品の見えやすさの分析は、40の道具を比べた相関の分析です。見える部品が錯覚の原因だと確定したものではありません
  • ケルン大学の研究で使われたのは雑学の文で、「前から知っていた」かどうかは本人の答えです。人生の出来事の記憶まで、同じように作りかえられることを示した研究ではありません

わかったつもりにも、役に立つ面がある

ここまで読むと、わかったつもりは困りものに思えるかもしれません。ところが研究チームは、論文の結びで、次のような見方も示しています。

  • 身の回りのあらゆる仕組みを、細かいところまで理解しつくすことは、ほとんどの場合できない
  • そのため私たちは、骨組みだけのざっくりした理解で、必要な見通しを立てている
  • 「これで十分わかった」と感じられるからこそ、終わりのない探究にブレーキがかかり、ほどほどのところで満足できる
  • その意味で、わかったつもりは、役に立つ働きをしているのかもしれない

大切なのは、わかったつもりをゼロにすることではなく、本当に必要な場面で、穴に気づけるようにしておくことです。その具体的な方法は、【ポイント3】でお話しします。

今日から使えるヒント

「それ、前から知ってた」と感じたときは、ひと呼吸おいて、次の3つを自分に聞いてみましょう。

自分への質問 ねらい
いつ、どこで知った? 見慣れた感じだけで、「知っている」と判断していないか確かめる
何度も見たのは、同じ出どころの話では? 同じ話を何度見聞きしても、確かさの証拠が増えたとは限らない
なぜそう言えるのか、説明できる? 見慣れた感じと、説明できる知識を分けて考える

これらは研究で効果を確かめた方法ではなく、研究をもとにした工夫です。SNSや動画で同じ話を何度も目にしたときに、ぜひ試してみてください。

【ポイント1】のまとめ

研究 ひと言でいうと 今日からのヒント
イェール大学の実験(2002年) 説明を書くと、ほぼ全員が理解の自己評価を下げた。第三者の採点も、下げたあとの評価に近かった 身近な物の仕組みを書いて、7段階の点数をつけ直す
自然現象と40の道具の分析(2002年) 仕組みの説明、特に部品がよく見える道具で、ズレが大きくなりやすかった 「何をするもの?」と「中で何が起きている?」を分ける
ケルン大学の実験(2024年) 実験の中で見ただけの情報でも、「前から知っていた」と判断されやすくなった 「いつ、どこで知った?」と自分に聞く

では、説明できない知識は、あてにならないのでしょうか。そうとは限りません。【ポイント2】では、説明できなくても技能や反応に表れる「もう一つの知識」と、知識が増えたからこそ起きる意外な落とし穴を、実験とともに見ていきましょう。

【ポイント1】ファスナーの仕組み、説明できますか?「わかったつもり」が起きる理由

【ポイント2】説明できなくても知識は働いている — 潜在意識に残る「もう一つの知識」

パソコンやスマートフォンで文字を打つとき、指はすらすら動くのに、「その文字は、どの指で打っている?」と聞かれると、手を動かしてみないと答えられない。そんな経験はありませんか? 言葉で説明できなくても、指はちゃんと「知っている」のです。

心理学では、言葉で思い出せなくても、技能や反応には表れる知識が、たくさんの実験で確かめられてきました。記憶は一つの大きな箱ではなく、いくつもの別々のしくみでできています。いっぽうで、知識は私たちの「見え方」まで変えるため、知らなかったころの自分には戻れないという意外な落とし穴も生みます。

この章では、説明できなくても働いている「もう一つの知識」の正体を、3つのテーマから解説します。先に、ポイントをまとめておきます。

テーマ 主な研究 わかったこと
記憶は一つではない 記憶障害の患者さんの研究(1962〜1996年)、19の研究室による国際共同研究(2026年) 練習した覚えがなくても技能は伸び、見えなかったはずの情報も、判断に少しだけ表れた
知識で見え方が変わる 物理の初心者と熟練者の研究(1981年) 初心者は見た目で、熟練者は解き方の原理で、問題をまとめていた
知識の呪い 企業の利益を使った経済学の実験(1989年)など 答えを知った人は、知らない人の考えをかたよりなく推測できなかった

ひと言でまとめると、知識は、説明できるかどうかとは関係なく、私たちの動き・見え方・判断の中で働いているのです。

記憶は一つではない — 思い出せない経験も、技能や反応には表れる

はじめの章で、記憶はいくつもの別々のしくみでできている、という記憶の研究者スクワイアのまとめを紹介しました。その考え方の土台になったのが、記憶障害の患者さんたちの研究です。

練習した覚えがないのに、上達していた男性

脳科学の歴史の中で、おそらくもっとも有名な患者さんが、頭文字で「H.M.」と呼ばれた男性です。スクワイアの2009年の総説によると、H.M.さんの経過は次のとおりでした。

項目 内容
手術 1953年、27歳のとき、重いてんかん発作を抑えるために、当時は実験的だった手術を受け、脳の左右の側頭葉の内側を切り取った
手術後 日々の出来事を、起きたそばから忘れてしまう重い記憶障害が残った
研究 2008年に82歳で亡くなるまで、およそ50年にわたって研究に協力した

1962年に報告された研究で、心理学者のミルナーは、H.M.さんに次のような課題に取り組んでもらいました。

項目 内容
課題 二重線で描かれた星形の輪郭を、鉛筆でなぞる。ただし、自分の手と星形は、鏡に映った姿しか見えない
上達 10回の試行のあいだに、なぞる技能が身についた
その後 3日間にわたって、上達した状態がよく保たれた
本人の記憶 テストの終わりに、以前にこの課題をやった覚えがなかった

鏡に映った手を思いどおりに動かすのは、慣れないうちはとても難しい作業です。H.M.さんは、練習したことを思い出せないまま、手はしっかり上達していったのです。スクワイアは、この発見を「脳には記憶が1種類ではないことを示す、はじめての手がかり」だったと位置づけています。

技能だけではなかった — 文字・言葉・学習の成績にも

その後の研究で、記憶障害の患者さんが保てるのは、体の動きの技能だけではないことがわかってきました。

研究 何をしたか わかったこと
鏡文字を読む(1980年) 記憶障害の患者さんと、そうでない人が、鏡に映った文字を読む練習をした 患者さんも同じペースで速く読めるようになり、少なくとも3か月保たれた。読んだ単語そのものは、よく覚えていなかった
単語のはじめの3文字(1984年) 以前に見た単語の、はじめの3文字だけを見せた 「前に見た単語を思い出して」と頼むと成績は低かったが、「まっさきに頭に浮かんだ単語で完成させて」と頼むと、そうでない人と同じくらい、前に見た単語が出てきた
手がかりから結果を当てる(1996年) いくつかの手がかりの組み合わせから、2つの結果のどちらが起きるかを、くり返し当てた 記憶障害の患者さんは課題をふつうに学べたが、練習した場面はよく覚えていなかった

1984年の研究で見られた効果は長くは続かず、そうでない人と同じペースで弱まり、約2時間でなくなりました。それでも、思い出そうとすると出てこないのに、ふと頭に浮かぶ言葉には表れるという結果は、「思い出せる記憶」と「そうではない記憶」が別ものだと考える、大きな手がかりになりました。

1996年の研究では、アメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校のノウルトンらが、パーキンソン病の患者さんにも同じ課題に取り組んでもらいました。すると、結果が記憶障害の患者さんとちょうど逆になったのです。

比べたこと 記憶障害の患者さん パーキンソン病の患者さん
手がかりから結果を当てる課題 ふつうに学べた 学べなかった
練習した場面の記憶 大きく損なわれていた 保たれていた

flowchart TD
    S["🧪 手がかりから
2つの結果の
どちらかを当てる"] A["🔷 記憶障害の
患者さん"] B["🔶 パーキンソン
病の患者さん"] C["✅ 課題の成績は
ふつうに伸びた"] D["❌ 課題の成績が
伸びなかった"] E["❌ 練習の場面を
よく覚えていない"] F["✅ 練習の場面は
覚えていた"] G["💡 別々のしくみが
並んで働いている"] S --> A S --> B A --> C B --> D C --> E D --> F E --> G F --> G classDef cStart fill:#EAF2FF,stroke:#3B6FD8,stroke-width:2px,color:#1B2B4B classDef cAmn fill:#F3E8FF,stroke:#8B5CF6,stroke-width:2px,color:#3B1F6B classDef cPd fill:#FFF4E0,stroke:#E8912D,stroke-width:2px,color:#5A3300 classDef cOk fill:#E6F6EC,stroke:#2E9E5B,stroke-width:2px,color:#14452B classDef cNg fill:#FFE9EC,stroke:#E0556B,stroke-width:2px,color:#5C1623 classDef cGoal fill:#FFF8D6,stroke:#C9A227,stroke-width:2px,color:#4D3B00 class S cStart class A cAmn class B cPd class C,F cOk class D,E cNg class G cGoal linkStyle default stroke:#94A3B8,stroke-width:2px

研究チームは、記憶障害で傷ついていた脳の場所と、パーキンソン病で傷つく線条体(尾状核と被殻)が、別々に、並んで働く学習のしくみを支えていると考えました。線条体は、結びつきを少しずつ積み上げていく「習慣の学習」に欠かせない場所だとしています。

日常で「潜在意識」と呼ばれているものの一部は、こうした、思い出さなくても技能や反応に表れる記憶の働きとして理解すると、わかりやすくなります。

健康な人でも? — 2026年、19の研究室が確かめた「見えなかった情報」

記憶障害のない人でも、意識にのぼらない情報が判断に表れることはあるのでしょうか。2026年、スペインのマドリード自治大学などの研究者が中心となり、日本の早稲田大学の研究者も加わった国際共同研究が、この問いを大規模に確かめました。

項目 内容
規模 19の研究室、531人。1人あたり2回に分けて、合計720試行
課題 ほとんど見えないように一瞬だけ見せた縞模様の向きを覚えておき、2秒後に出てくる縞模様が、左右どちらに回転しているかを答える
見え方の報告 毎回、「見えなかった」「何かは見えたが、向きはわからなかった」「向きがぼんやり見えた」「向きがはっきり見えた」の4段階で答える
研究の進め方 データを集める前に研究の計画が審査される、「登録報告」という形式

結果は、次のとおりです。

  • 「見えなかった」と答えた試行でも、回転の向きの正答率は約55%で、当てずっぽう(50%)より高かった
  • 縞模様を見分ける力が高い人ほど、成績もよい傾向があった
  • 見分ける力がゼロだと仮定しても、正答率は偶然より高くなると推定された

研究チームは、意識にのぼらない情報でも、短いあいだ覚えておいて判断に使えるという効果を支持する結果だと結論づけています。ただし、次の点も自分たちで明記しています。

  • 特定の課題(2秒後の縞模様の向きの判断)と、特定の隠し方に限った結論で、言葉や音、別の課題では違う結果になるかもしれない
  • 見えなかった情報そのものを覚えていたのか、「なんとなくこっち」と意識して推測し、その推測を覚えていたのかは、手続きだけでは完全には区別できない(分析の結果は、前者により合うと考えている)
  • 気づいていたかどうかの測り方が不正確だと結果の読み取りを誤るため、測り方の信頼性も確かめた

55%という数字は、小さく見えるかもしれません。それでも、大規模で慎重な方法によって、意識にのぼらない情報が、判断にほんの少し表れることが示されたのは、潜在意識の研究にとって大切な一歩といえます。

今日から使えるヒント

説明できなくても身についている、自分の「できること」に目を向けてみましょう。

やること ねらい
「うまく説明できないけれど、できること」を3つ書き出す 言葉にならなくても身についている知識に気づく
練習の成果は、回数・時間・ミスの数などで記録する 上達を、手ごたえだけに頼らずに確かめる
説明できない自分を責めない 説明できないことと、知らないことは別だから

これらは研究で効果を確かめた方法ではなく、研究をもとにした工夫です。

知識が増えると見え方が変わる — 熟練者は問題を「原理」でまとめていた

同じものを見ていても、知識のある人とない人では、見えているものが違います。そのことを鮮やかに示したのが、アメリカのピッツバーグ大学の心理学者チー、フェルトヴィッチ、グレイザーによる1981年の研究です。

物理の問題を「似たもの」で分けてもらう実験

項目 内容
参加者 物理学科の博士課程で学ぶ上級の大学院生8人(熟練者)と、力学の授業を1学期受け終えたばかりの大学生8人(初心者)
課題 大学の物理の教科書から選んだ24問を、「解き方が似ているもの」どうしでグループに分ける
条件 紙と鉛筆は使えないため、実際には解かずに分ける。分けたあとで、分けた理由を説明する

結果は、次のとおりです。

  • グループの数は、熟練者が平均8.4、初心者が平均8.6で、ほとんど同じだった
  • 初心者は、問題に出てくる物(ばね、斜面など)、言葉(摩擦など)、物の配置(斜面の上のブロックなど)でまとめた
  • 熟練者は、解くのに使う物理の原理(エネルギー保存の法則、ニュートンの運動の第2法則など)でまとめた
  • 両方のグループが使った分類の名前は、全部で20種類のうち5つだけだった
  • 1回目の分類にかかった時間は、熟練者のほうが長かった(1問あたり約45秒、初心者は約30秒)

特に印象的なのが、斜面の上のブロックを扱った、ある1つの問題です。

初心者の多く 熟練者の多く
同じグループにした問題 同じく斜面の上のブロックが出てくる、別の問題 見た目がまったく違う、ばねの問題
理由の説明の例 「斜面の上のブロックの問題」「斜面の問題で、摩擦の係数がある」 「エネルギー保存の問題」「エネルギーの考え方で解ける」
同じ組み合わせにした人 8人中7人 8人中6人

同じ問題でも、初心者には「斜面の問題」に、熟練者には「エネルギーの問題」に見えていたのです。

flowchart TD
    Q["📄 斜面の上の
ブロックの問題"] A["🔰 初心者"] B["🎓 熟練者"] C["👀 同じく斜面が
出てくる問題と
同じグループ"] D["🔍 見た目の違う
ばねの問題と
同じグループ"] E["🧩 どちらも
斜面の上の
ブロックだから"] F["📐 どちらも
エネルギーの
保存で解ける"] G["💡 同じ問題でも
知識で見え方が
変わる"] Q --> A Q --> B A --> C B --> D C --> E D --> F E --> G F --> G classDef cQ fill:#EAF2FF,stroke:#3B6FD8,stroke-width:2px,color:#1B2B4B classDef cNov fill:#FFF4E0,stroke:#E8912D,stroke-width:2px,color:#5A3300 classDef cExp fill:#F3E8FF,stroke:#8B5CF6,stroke-width:2px,color:#3B1F6B classDef cGoal fill:#FFF8D6,stroke:#C9A227,stroke-width:2px,color:#4D3B00 class Q cQ class A,C,E cNov class B,D,F cExp class G cGoal linkStyle default stroke:#94A3B8,stroke-width:2px

熟練者のほうが分類に時間をかけていた点について、研究チームは、見た目の奥にある原理を見きわめるために、より深く問題を読んでいたからではないか、と考えています。

同じ言葉を見ているのに、読み取るものが違う

研究チームは、熟練者と初心者が、問題文のどこに注目しているのかも調べています。

比べたこと 初心者 熟練者
難しさの判断に大事だと丸をつけた言葉 多め 少なめ。ほとんどが初心者の選んだ言葉に含まれていた
解き方を決めた手がかり 摩擦、重力、滑車、斜面など、問題文にそのまま書いてある言葉 「前と後の状態を比べる場面」「外から力が働かない」など、問題文から読み取った状態
解き方の決め方 書いてある物から、使えそうな式を探す 読みながら原理の見当をつけ、残りの文で確かめる。ある熟練者は、問題文の約2割を読んだところで見当をつけていた

つまり、目にしている言葉は同じでも、熟練者はそこから、書かれていない状態まで読み取っていたのです。研究チームは、熟練者が、問題文から推論を引き出すための「暗黙の知識」をたくさん持っていると述べています。知識は、情報の量を増やすだけでなく、同じ情報から何を読み取るかを変えるのです。

ただし、この研究は1981年の少人数の研究で、研究チーム自身も探索的な研究と位置づけています。熟練者の読み取りが「無意識に」行われていたことを確かめたわけではありません。

専門家の目にも限りがある — 胸のCT画像に隠れたゴリラ

知識は、探しているものを見つける力を大きく高めます。いっぽうで、注意には限りがあることを示したユニークな実験があります。2013年に、アメリカのハーバード大学医学大学院などの研究チームが行った実験です。

項目 放射線科医 医学の訓練を受けていない人
課題 肺がん検診の胸のCT画像を見て、小さな影(結節)を探す 同じ課題。事前に約10分、結節の見つけ方を教わった
結節を見つけた割合 55% 12%
画像にこっそり入れたゴリラに気づかなかった人 24人中20人(83%) 誰も気づかなかった

ゴリラは、結節の平均の48倍もの大きさでした。視線を記録すると、気づかなかった放射線科医20人のうち12人は、ゴリラのある場所をまっすぐ見ていたのです。実験のあとで画像を見せると、全員がゴリラに気づきました。

研究チームは、放射線科医のほうが訓練を受けていない人よりやや気づきやすかったとしたうえで、高い専門性があっても、人の注意と知覚の限界からは逃れられないと述べています。「放射線科医を責める結果ではない」とも強調しています。知識は「探すべきもの」を見つける目を育てますが、注意はその探しているものに向かうのです。

今日から使えるヒント

身近な出来事を、「見た目」ではなく「なぜそうなるか」でまとめ直してみましょう。熟練者のまとめ方を、日常でまねする練習です。

見た目でまとめる なぜそうなるかでまとめる
「月曜の会議での失敗」「メールでの失敗」 「確認の手順が抜けていた」
「朝の準備でばたばたした」「締め切り前にあわてた」 「前の日に予定を決めていなかった」

見た目の違う出来事が、同じ原因でつながって見えてきたら、それが熟練者の見方に近づく第一歩です。こちらも研究で効果を確かめた方法ではなく、研究をもとにした工夫です。

知ったことは「なかったこと」にできない — 知識の呪いの実験

はじめの章のセルフチェックに、「自分の得意な分野の話が、初心者の人になかなか伝わらなかったことがある」という項目がありました。当てはまった方は、ここが読みどころです。

知識が増えると見え方が変わる。それは裏を返せば、一度知ってしまうと、知らなかったころの見え方には戻れないということでもあります。この現象は「知識の呪い」と呼ばれています。

お金がかかっていても、答えを知ると推測がずれた

この現象を「知識の呪い」と呼び、お金のかかった場面で確かめたのが、アメリカのペンシルベニア大学のカメラーらの経済学者による1989年の論文です(名前は、研究者ホガースの提案だと記されています)。研究チームは、答えを知った人が、答えを知らない人の予想を正しく推測できるかを、企業の利益を使って調べました。

段階 内容
1回目:答えを知らない人が予想 ペンシルベニア大学ウォートン校の学生51人が、投資家向けの企業レポートを読み、8社の1980年の1株あたり利益を予想した(実際の値の10%以内なら1ドル)
2か月後:答えを知っている人が推測 別の学生たちが、同じレポートと実際の利益を見たうえで、「答えを知らない学生たちは、平均でいくらと予想したか」を推測した
比べた条件 当たるとお金がもらえる(シカゴ大学の経営大学院生19人)、さらに毎回正解を教えてもらえる(同じく13人)、9人ずつで推測にもとづいて取引をする市場(2回)

結果は、次のとおりです。

  • 実際の利益を知った人の推測は、答えを知らない学生たちの本当の予想より、実際の利益の側にずれた
  • 当たるとお金がもらえても、ずれは生じた。毎回正解を教えてもらっても、ずれは小さくならなかった
  • 市場で取引をすると、ずれはおよそ半分になったが、なくならなかった
  • 実際の利益を知らない別の学生たちに同じ推測をしてもらうと、かたよりは見られなかった

4つめの結果が大切です。知らない人どうしなら、かたよりなく相手の予想を推測できたのに、答えを知っている人は、知らない人の目線に立って推測することが難しくなっていたのです。

研究チームは、次のような例をあげています。

  • ある会社のレポートには、「前の年の利益は、ある買収のために、一時的に約30セント下がった」と書かれていた
  • 次の年に利益が上がったと知っている人は、「この一文を読めば、誰でも回復を予想できたはず」と考えやすい
  • ところが、その一文が目立って見えるのは、答えを知っているからこそ。知らない人にとっては、それほど目立つ情報ではないかもしれない

大人の「思いこみ」の推測でも、グラフでも起きる

知識の呪いは、お金の予想だけの話ではありません。

研究 何をしたか わかったこと
大人の「思いこみ」の推測(2007年、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学など) 幼い子どもが苦手とする「ほかの人の誤った思いこみ」を推測する課題を、大人向けに感度を上げて行った 出来事の結末を知っている大人は、それを知らない人の考えを推測するとき、自分の知識に引っ張られた。結末をどれくらいもっともらしく感じるかも、かたよりの大きさに関わっていた
グラフの見え方(2020年、アメリカのノースウェスタン大学など) 世論調査のグラフの背景にある出来事の話を読んだ学生に、「何も知らない100人がこのグラフを見たら、どこが目立つと思うか」を予想してもらった 「話は無視して予想して」と指示されても、自分が読んだ話に出てきた部分を「ほかの人にも目立つはず」と予想した

グラフの研究チームは、この結果が、データを伝えるときに聞き手とかみ合わなくなる理由を説明すると述べています。資料を作る側にとって「一目でわかるはず」のグラフも、何も知らない人には、まったく別の部分が目に入っているかもしれません。

お金がかかっていても、正解を教えてもらっても、「無視して」と指示されても消えなかったように、知識の呪いは、やる気や注意だけで防げるものではありません。知ったことを「なかったこと」にするのは、それほど難しいのです。

今日から使えるヒント

自分の頭の中で「知らないふり」をするより、実際に知らない人の目を借りるのがおすすめです。

やること ねらい
説明する前に、「相手がまだ知らないこと」を書き出す 自分では当たり前になっている前提に気づく
資料やグラフを、何も知らない人に見せて「どこが目に入る?」と聞く 頭の中だけで、知らない人の見え方を再現するのは難しい
伝わらなかったときは、「どこでわからなくなった?」と聞く 相手の見え方から、自分の説明の抜けを見つける

どれも研究で効果を確かめた方法ではなく、研究から考えた工夫です。

知っておきたい注意点

  • 記憶障害の研究は、脳の特定の場所に損傷のある患者さんを対象にした研究です。損傷の場所や広さによって、結果は異なります
  • 2026年の国際共同研究は、見えにくい縞模様の向きを2秒後に判断する課題に限った結果です。言葉や複雑な判断にまで、同じことが言えるとは限りません
  • 物理の研究は1981年の少人数の研究で、ゴリラの実験も放射線科医24人を対象にした1つの研究です
  • 「説明できない知識が働いている」ことは、「潜在意識に入れれば、何でも身につく」ことを意味しません

【ポイント2】のまとめ

テーマ ひと言でいうと 今日からのヒント
記憶は一つではない 練習した覚えがなくても技能は伸び、見えなかった情報も判断に少しだけ表れた 上達は記録で確かめ、説明できない自分を責めない
知識で見え方が変わる 熟練者は同じ問題から原理を読み取り、初心者は見た目でまとめた 出来事を、見た目ではなく原因でまとめ直す
知識の呪い 答えを知ると、お金がかかっていても、知らない人の考えを推測しにくくなった 説明や資料は、知らない人の目で確かめてもらう

説明できなくても、知識は私たちの中で働いています。だからこそ大切なのは、その知識が本物かどうかを、自分で確かめる方法を持つことです。【ポイント3】では、「わかったつもり」を本物の知識に変える3つのステップ、説明する・思い出す・当てはめるを、研究にもとづいて紹介します。

【ポイント2】説明できなくても知識は働いている — 潜在意識に残る「もう一つの知識」

【ポイント3】今日からできる、「わかったつもり」を本物の知識に変える3ステップ

「なるほど、わかった」と思った本を、もう一度読み返す。多くの人がしている勉強のしかたですが、読み返すたびに増えているのは、知識そのものより「見慣れた感じ」かもしれません。【ポイント1】で見たように、くり返し目にした情報は、「前から知っていた」と感じやすくなるからです。

わかったつもりを本物の知識に変えるカギのひとつは、頭の中から知識を「取り出す」経験を増やすことです。この章では、心理学の研究をもとに、今日からできる3つのステップを紹介します。どれも、紙とペンかスマホがあれば始められます。

3つのステップを、先にまとめておきます。

STEP やること ねらい もとにした研究
STEP1 説明する 資料を閉じて、「何が・なぜ・どんなときは違うか」を書く 自分の理解のどこに穴があるかを見つける 自分に説明しながら読む研究(1994年)、仕組みを説明する実験と追試(2013年・2021年)
STEP2 思い出す 読み返す前に問いに答え、答え合わせで穴を埋める 見慣れた感じではなく、取り出せる知識を増やす 教室での研究をまとめたレビュー(2021年)、複雑な内容を使った実験(2025年)など
STEP3 当てはめる 時間をおいて、新しい例と「当てはまらない例」で確かめる 学んだ場面の外でも使える知識にする 復習の間隔の研究(2008年)、新しい問題への応用の研究(2010年・2018年)、混ぜて学ぶ研究(2008年・2019年)

3つのステップは、一度で終わりではなく、くり返し回していくものです。

flowchart TD
    A["📕 資料を
閉じる"] B["📝 STEP1
説明を書く"] C["❓ 書けない所に
印をつける"] D["🧠 STEP2
問いに答える"] E["✅ 答え合わせで
穴を埋める"] F["📅 時間を
おく"] G["🧩 STEP3
新しい例に
当てはめる"] H["🚫 当てはまらない
例も探す"] I["🌱 本物の知識に
近づく"] A --> B B --> C C --> D D --> E E --> F F --> G G --> H H --> I I -.->|次の学びへ| A classDef cS1 fill:#EAF2FF,stroke:#3B6FD8,stroke-width:2px,color:#1B2B4B classDef cS2 fill:#F3E8FF,stroke:#8B5CF6,stroke-width:2px,color:#3B1F6B classDef cWait fill:#FFF8D6,stroke:#C9A227,stroke-width:2px,color:#4D3B00 classDef cS3 fill:#FFF4E0,stroke:#E8912D,stroke-width:2px,color:#5A3300 classDef cGoal fill:#E6F6EC,stroke:#2E9E5B,stroke-width:2px,color:#14452B class A,B,C cS1 class D,E cS2 class F cWait class G,H cS3 class I cGoal linkStyle default stroke:#94A3B8,stroke-width:2px linkStyle 8 stroke:#94A3B8,stroke-width:2px

STEP1 説明する — 資料を閉じて「何が・なぜ・どんなときは違うか」を書く

【ポイント1】で紹介したイェール大学の実験では、仕組みを説明しようと書きはじめた人のほぼ全員が、理解の自己評価を下げました。説明を書くことは、わかったつもりに気づく、身近で確かな方法のひとつです。STEP1では、この「説明」を、学びの道具として使います。

自分に説明しながら読むと、理解が深まった

心理学者チーらは1994年、8年生(日本の中学2年生にあたる学年)の生徒に、人間の血液循環についての文章を読んでもらう実験を行いました。

項目 自分に説明するグループ 読むだけのグループ
人数 14人 10人
やり方 1行読むごとに、その内容を自分に説明する 同じ文章を2回読む。説明はしない
特別な訓練 なし(説明するよう頼んだだけ) なし

結果は、次のとおりです。

  • 読む前と読んだあとのテストを比べると、自分に説明したグループのほうが、成績の伸びが大きかった
  • 自分に説明した生徒の中でも、たくさん説明した生徒ほど、とても複雑な問いに答えられるなど、深く理解していた
  • たくさん説明した生徒は全員、血液循環の正しい全体像をつかんでいたが、説明を頼まれなかった生徒や、説明の少なかった生徒の多くは、つかめていなかった

研究チームは、自分に説明することで、新しい情報を、すでに持っている知識と結びつけやすくなると考えています。特別な訓練をしなくても、「説明してみて」と頼むだけで違いが出た点は、私たちの毎日の学びにも取り入れやすいポイントです。

「理由を並べる」より「仕組みを順番に説明する」

説明のしかたにも、コツがあります。アメリカのコロラド大学ボルダー校のファーンバックらは2013年、社会の複雑な政策について、参加者に説明を求める実験を行いました。

説明のしかた 理解の自己評価 意見の強さ
その政策が、どうやって結果を生むのか、仕組みを詳しく説明する 下がった 穏やかになった
その政策に賛成・反対する理由を並べる 下がらなかった 穏やかにならなかった

ところが2021年、アメリカのカレッジ・オブ・ニュージャージーの心理学者クロフォードとルッシオが、事前登録をしたうえで、元の実験を3回(306人、405人、343人)くり返したところ、再現されたのは結果の一部でした。

確かめたこと 2021年の追試の結果
仕組みを説明すると、理解の自己評価は下がるか 下がった(再現された)
仕組みを説明すると、意見は穏やかになるか 変わらなかった(再現されなかった)
自分の考えの理由を並べると、その考えは強まるか 強まった(これまでの研究と同じ結果)

つまり、仕組みを順番に説明すると、自分の理解の穴に気づきやすくなることは、くり返し確かめられています。2013年の実験では、理由を並べるだけでは理解の自己評価は下がらず、追試では、理由を並べると自分の考えがかえって強まることも確かめられました。説明を書いても、意見まで変わるとは限らない点は、覚えておきましょう。

3つの問いで書く「説明メモ」

STEP1では、資料を閉じてから、次の3つの問いに答える形で説明を書きます。

問い 書くこと 穴が見つかりやすいサイン
何が? それは何か、ひと言でいうと何か。具体的な例を1つ 用語の名前しか出てこない
なぜ? どうしてそうなるのか。原因から結果までを順番に 「なんとなく」「そういうもの」で止まる
どんなときは違う? どんな条件で当てはまり、どんなときは当てはまらないか 条件や例外が1つも思いつかない

この記事で学んだ「説明深度の錯覚」で試すと、たとえば次のようになります。

問い 説明メモの例
何が? 身の回りの仕組みを、実際より深く理解していると感じてしまう心の動き。ファスナーの仕組みを説明しようとすると、言葉が止まる
なぜ? 目の前の物を見れば動きを確かめられるので、その助けの分まで、頭に入っていると思いこむから。部品の名前を知っていると、つながりまでわかった気になることもある
どんなときは違う? 首都のような事実ではズレが小さく、料理の作り方のような手順や、映画のあらすじでは起きなかった

書くときのポイントは、3つです。

  • 資料や画面は閉じておく。見ながら書くと、目の前の情報に助けられて、穴に気づきにくくなりやすい
  • 1つの問いにかける時間は1〜2分。うまく書けなかったところには「?」を書いて先へ進む
  • 書き終えたら資料を開き、「?」の部分だけを確かめる

今日から使えるヒント

今日読んだ記事や本から、気になった言葉を1つ選び、スマホのメモに「何が・なぜ・どんなときは違う」を3行で書いてみましょう。書けない行が見つかったら、そこが次に学ぶ場所です。3行とも書けたら、STEP2で「本当に思い出せるか」を確かめます。

STEP2 思い出す — 読み返す前に問いに答え、答え合わせで穴を埋める

はじめの章のセルフチェックに、「勉強といえば、ノートや教科書を読み返すことが中心」という項目がありました。読み返しには安心感がありますが、STEP2でおすすめしたいのは、読み返す前に、問いに答えて思い出してみることです。

教室での研究をまとめると、思い出す練習は幅広く役立っていた

教育心理学者アガルワルらは2021年、実験室ではなく、実際の学校や教室で行われた研究だけを集めて、「思い出す練習」の効果を整理しました。

項目 内容
集めた研究 約2,000本の論文の要旨から選んだ、教室での50の実験
対象 合計5,374人の児童・生徒・学生
結果 効果の大きさを表す49の数値のうち、57%が「中くらい」以上の効果を示した
効果が見られた範囲 学年、教科、最終テストまでの期間、練習やテストの形式、答え合わせのタイミングなどが違っても、学びがよくなっていた
注意点 欧米など、心理学の研究が多く行われてきた国以外での実験は、6%だけだった

57%は、「生徒の57%の成績が上がった」という意味ではありません。集めた効果の数値のうち、57%が中くらい以上の大きさだった、という意味です。日本の教室でも同じだけの効果があるかは、まだ研究が少ないといえます。

選ぶより書き出す、答え合わせは必ずする

思い出す練習には、効果を高めるやり方があります。

研究 わかったこと STEP2での使い方
テスト効果のメタ分析(2014年、コロラド州立大学) 選択肢から選ぶテストより、自分で思い出して書くテストのほうが、効果が大きかった 答えは選択肢で選ばず、白紙に書き出す
答え合わせの実験(2008年、セントルイスのワシントン大学) 選択肢のテストのあとに答え合わせをすると、その場ですぐでも、少し時間をおいてからでも、あとのテストの正答が増え、選択肢に出てきたまちがった答えが記憶に残るのも減った 答えたら、正しい答えを必ず確かめる

選択肢のテストには、まちがった選択肢を選ぶことで、誤った知識が身についてしまうおそれもあります。答え合わせは、正しい知識を増やすだけでなく、まちがった知識が残るのを防ぐ役目も果たしているのです。

1回より3回、直後より1週間後に差が出た

アメリカのシラキュース大学のコラルと、オレゴン州立大学のカーペンターは2025年、大学で学ぶ研究方法の考え方(たとえば、2つのことの関係の裏に、別の原因が隠れている問題)を題材に、思い出す練習の効果を確かめました。

実験 参加者 練習のしかた 最終テスト 結果
実験1 シラキュース大学の学生309人 小テスト1回(答え合わせつき) 8分後 同じ問題では、読み直しより成績がよかったが、初めて見る応用問題では差がなかった
実験2 大学生と、オンラインで募集した人の158人 小テスト3回(答え合わせつき) 1週間後 同じ問題で、読み直しや「問題と答えを読むだけ」より成績がよかった
実験3 オンラインで募集した255人 小テスト3回(答え合わせつき) 1週間後 初めて見る応用問題でも、読み直しや「問題と答えを読むだけ」より成績がよかった

研究チームは、思い出す練習の効果は、十分な回数を重ねて、数日たってから確かめたときに表れやすいとまとめています。学んだ直後の手ごたえだけで、勉強法の良し悪しを決めないことが大切です。

研究をもとにした「思い出す練習」の流れ

ここまでの研究をもとに、STEP2の流れを図にまとめます。

flowchart TD
    A["❓ 資料を閉じて
問いに答える"] B["🔍 資料を開いて
答え合わせ"] C["⭕ 正しく
答えられた"] D["❌ まちがえた
答えられなかった"] E["📅 数日あけて
もう一度"] F["📖 正しい答えと
理由を確かめる"] G["🔁 1〜3日後に
もう一度答える"] H["🌱 取り出せる
知識が増える"] A --> B B --> C B --> D C --> E D --> F F --> G E --> H G --> H classDef cQ fill:#EAF2FF,stroke:#3B6FD8,stroke-width:2px,color:#1B2B4B classDef cCheck fill:#F3E8FF,stroke:#8B5CF6,stroke-width:2px,color:#3B1F6B classDef cOk fill:#E6F6EC,stroke:#2E9E5B,stroke-width:2px,color:#14452B classDef cNg fill:#FFE9EC,stroke:#E0556B,stroke-width:2px,color:#5C1623 classDef cGoal fill:#FFF8D6,stroke:#C9A227,stroke-width:2px,color:#4D3B00 class A cQ class B cCheck class C,E cOk class D,F,G cNg class H cGoal linkStyle default stroke:#94A3B8,stroke-width:2px

問いは、次のように作ると手軽です。

問いの作り方 この記事で作った問いの例
見出しを問いに変える 「知識の呪いとは、どんな現象?」
STEP1の3つの問いを使う 「説明深度の錯覚は、なぜ起きる?」
数字や条件を問う 「イェール大学の実験では、何を説明してもらった?」
2つを比べる 「わかったつもりと、知識の呪いは、どう違う?」

今日から使えるヒント

読み返す前に、「1分白紙テスト」をしてみましょう。

手順 やること
1 ノートや本を閉じて、覚えていることを1分だけ白紙に書き出す
2 ノートや本を開いて、答え合わせをする
3 書けなかったところ、まちがえたところに印をつける
4 印のついたところだけを読み直す

全部を読み返すより、穴の場所がはっきりするぶん、読み直しにも集中しやすくなります。こちらは研究で効果を確かめた手順ではなく、研究をもとにした工夫です。

STEP3 当てはめる — 時間をおいて、新しい例と「当てはまらない例」で確かめる

STEP2で思い出せるようになった知識も、学んだときと同じ問題にしか使えなければ、本物とはいえません。STEP3では、時間をおいてから、新しい例に当てはめることと、当てはまらない例を見分けることで、知識を使える形にしていきます。

復習までの間隔は、「覚えておきたい期間」で変わる

ヨーク大学のセペダらは2008年、1,350人以上にいくつかの事実を覚えてもらい、復習までの間隔と、最終テストまでの期間を変えて、どの組み合わせがもっとも記憶に残るかを調べました。

項目 内容
参加者 1,350人以上
学んだもの いくつかの事実
復習までの間隔 最長で3か月半
最終テストまで 復習から、最長で1年

結果は、次のとおりです。

  • どの時期にテストをしても、復習までの間隔を広げると、成績はいったん上がり、そのあとゆっくり下がった
  • もっとも成績がよくなる間隔は、テストまでの期間が長いほど、長くなった
  • テストまでの期間に対する割合でみると、1週間後のテストでは約20〜40%、1年後のテストでは約5〜10%の間隔が、もっともよかった

カリフォルニア大学サンディエゴ校などの研究チームが、184本の論文をまとめた2006年の分析でも、覚えておきたい期間が長いほど、もっともよい間隔も長くなる傾向が報告されています。

研究の割合から計算すると、復習までの間隔の目安は次のようになります。

覚えておきたい期間 復習までの間隔の目安(研究の割合から計算)
1週間後(来週の会議や小テストなど) 学んでから1日半〜3日後くらい
1年後(資格試験や、長く使いたい知識など) 学んでから18〜37日後くらい(3週間弱〜5週間ほど)

事実を覚える実験から計算した目安なので、ほかの学びにそのまま当てはまるとは限りません。それでも、「すぐに復習するほどよい」とは限らないことは、覚えておいて損はないはずです。

思い出す練習は新しい問題にも生きる — ただし条件つき

学んだ知識を、新しい場面でも使えるようになることを、心理学では「転移」と呼びます。セントルイスのワシントン大学のバトラーは2010年、4つの実験で、思い出す練習が転移にも役立つかを調べました。

1週間後のテスト 小テストをくり返した人と、読み直しをくり返した人を比べると
練習と同じ問題 小テストのほうがよかった
同じ分野の、新しく考える問題 小テストのほうがよかった
別の分野の、新しく考える問題 小テストのほうがよかった

2018年には、カリフォルニア大学サンディエゴ校のパンとリッカードが、67本の論文、122の実験、合計1万382人分の研究をまとめ、思い出す練習には転移の効果があり、その大きさは一般的な目安で「小〜中くらい」だと報告しました。

転移が起きやすかった 転移が起きにくかった
応用問題や、推論が必要な問題 問いと答えの組み合わせを入れかえた問題
練習とは形式の違うテスト 練習で問われなかった内容
医療の診断のような問題 例題の解き方を使う問題

転移が起きやすかったのは、答えを詳しく考えながら思い出す練習をしたとき、練習とテストで求められる答えが近いとき、はじめの練習である程度正解できていたとき、などでした。発表されにくい研究の影響を補正すると、こうした条件がそろわない場合には、転移がほとんど見られないことも多かったのです。

つまり、思い出す練習をしただけで、どんな場面でも知識を使えるようになるわけではありません。だからこそ、新しい例に当てはめる練習を、自分から意識して行うことに意味があるのです。

「当てはまらない例」と混ぜて学ぶと、見分ける力が育つ

カリフォルニア大学ロサンゼルス校のコーネルとビョークは2008年、何人かの画家の絵を見て、画家ごとの作風を学んでもらう実験を行いました。

学び方 初めて見る絵の画家を見分けるテスト 参加者の感想
1人の画家の絵を、まとめて続けて見る 成績は低めだった こちらのほうが効果的だと感じていた
いろいろな画家の絵を、混ぜて見る 成績がよかった こちらは効果が低いと感じていた

参加者は、自分のテストで逆の結果が出たあとでも、まとめて見るほうが効果的だと答えていました。効果のある学び方が、やっている最中の手ごたえとは一致しないことがある、という結果です。

混ぜて学ぶ方法は、どんな内容にも向くわけではありません。心理学者ブルンマイアとリヒターが2019年に59の研究をまとめた分析では、次のように、学ぶものによって効果が違っていました。

学ぶもの 混ぜて学ぶ効果
絵画 大きめだった
算数・数学の問題 小さめだが、効果があった
説明文や、味 はっきりしなかった
単語 むしろ、まとめて学ぶほうがよかった

混ぜて学ぶ効果は、違うグループどうしが似ているときほど大きかったと報告されています。研究から考えると、「似ているけれど違うもの」を並べて、「これは当てはまる?当てはまらない?」と見分ける練習は、知識の境目をはっきりさせるのに役立ちそうです。

この記事の内容で、当てはめの練習をしてみましょう。「説明深度の錯覚」に当てはまるかどうかを考えてから、右の列を読んでみてください。

例 説明深度の錯覚? 考え方
自転車の変速のしくみを、わかっている気がしていたのに、説明しようとしたら言葉が止まった 当てはまる 仕組みの理解を、実際より深く見積もっていた
世界の首都の名前を聞かれて、思い出せなかった 当てはまりにくい 事実の知識は、言えるかどうかがすぐにわかるので、ズレが小さい
自分の得意な分野の説明が、初心者に伝わらなかった 別の現象(知識の呪い)に近い 相手が知らないことを、想像しにくくなっている

今日から使えるヒント

3つのステップを、1週間の計画にしてみましょう。

いつ やること 時間の目安
学んだ日 資料を閉じて、「何が・なぜ・どんなときは違う」の説明メモを書く(STEP1) 3分
2〜3日後 資料を閉じて問いに答え、答え合わせをする(STEP2) 5分
1週間後 新しい例を3つ、当てはまらない例を1つ探す(STEP3) 5分

時間の目安は、続けやすさを考えた一例です。忙しい日は、どれか1つだけでも構いません。

知っておきたい注意点

  • 3つのステップは、研究でわかったことを組み合わせた実践の方法です。この組み合わせ全体の効果を、1つの研究で確かめたものではありません
  • 自分に説明する研究は、8年生24人を対象にした小さな研究です
  • 説明を書いても、意見や考えまで変わるとは限りません(2021年の追試)
  • 教室での思い出す練習の研究は、欧米などで行われたものが大半です
  • 復習の間隔の目安は、事実を覚える実験から計算したもので、すべての学びに当てはまるとは限りません
  • 混ぜて学ぶ方法は、単語の暗記のように、かえって向かない場合もあります
  • ここで紹介したのは、意識して学ぶ方法の研究です。潜在意識を直接書きかえる方法ではありません

【ポイント3】のまとめ

STEP やること 研究でわかったこと 今日からのヒント
STEP1 説明する 資料を閉じて「何が・なぜ・どんなときは違うか」を書く 自分に説明しながら読むと理解が深まり、仕組みを順番に説明すると理解の穴に気づきやすい 気になった言葉を3行で説明する
STEP2 思い出す 読み返す前に問いに答え、答え合わせで穴を埋める 教室での研究では、効果の数値の57%が中くらい以上。3回の練習と1週間後のテストで、応用問題にも差が出た 1分白紙テストをしてから読み直す
STEP3 当てはめる 時間をおいて、新しい例と当てはまらない例で確かめる 覚えておきたい期間が長いほど、よい復習の間隔も長い。似たものと混ぜて学ぶと、見分ける力が育ちやすい 1週間の3ステップ計画を立てる

3つのステップに共通するのは、穴を見つけることを怖がらないことです。次の章では、記事全体をふり返りながら、「知っていてもウソを信じるって本当?」「寝ながら覚えられるの?」といった、よくある質問にもお答えします。

【ポイント3】今日からできる、「わかったつもり」を本物の知識に変える3ステップ

まとめ|「わかったつもり」を恥じなくていい、説明して穴を見つければいい

「説明しようとしたら、言葉が止まった」。この記事を読みながら、そんな経験を思い出した方もいるかもしれません。けれども、ここまで見てきた研究が教えてくれたのは、わかったつもりは、誰にでも起きる自然な心の動きだということでした。恥ずかしがる必要はありません。大切なのは、説明してみて、穴を見つけることです。

この章では、穴が見つかることの本当の意味と、よくある質問への答え、記事全体のまとめをお届けします。

穴が見つかるのは失敗ではない — どこを学び直せばいいかがわかる合図

説明の途中で言葉が止まると、「自分はわかっていなかった」と落ちこみたくなります。でも、この記事で見てきた研究を並べると、穴が見つかることの意味が、まったく違って見えてきます。

記事で見てきたこと 穴が見つかったときの意味
イェール大学の実験では、説明を書いた人のほぼ全員が、理解の自己評価を下げた(【ポイント1】) 名門大学の学生にも起きる、ふつうの心の動き
専門家の説明を読んだあと、「今の理解」の評価は大きく上がった(【ポイント1】) 穴の場所がわかると、学びが進む
答えを知った人は、知らない人の考えを推測しにくくなった(【ポイント2】) 知識が増えた人にも、穴は生まれる
答え合わせをすると、まちがった知識が残るのを減らせた(【ポイント3】) 穴は、確かめれば埋められる

さらに、穴やまちがいそのものが、次の学びを後押しすることを示す研究もあります。

答えられなくても、先に考えたほうが覚えやすかった

カリフォルニア大学ロサンゼルス校のコーネルらは2009年、答えられるはずのない問題を使って、「答えようとして、失敗すること」の効果を調べました。

条件 やり方
先に答えてみる 問いに答えようとしてから、正しい答えを見る
読むだけ 問いと答えを、はじめから一緒に見る

使われたのは、次のような問題です。

  • 実在しない出来事についての雑学問題(たとえば、架空の戦争を終わらせた平和条約の名前をたずねる問題)
  • ある言葉から、つながりの弱い言葉を当てる問題(たとえば「クジラ」から「哺乳類」を当てる。まぐれで当たった問題は、分析から除いた)

結果は、どちらの問題でも同じでした。答えられずに失敗しても、先に答えようとしたほうが、あとでよく覚えていたのです。研究チームは、まちがいを避けるより、難しいテストに挑むことが、効果的な学びのカギのひとつかもしれないと述べています。

2026年には、スペインのバスク大学の研究チームが、似た効果をくり返し確かめています。スペイン語の、つながりの弱い言葉のペアを覚える実験です。

実験 参加者 わかったこと
実験1・2 大学生(実験1は93人) 覚える前に答えを予想するグループも、覚えたあとにテストするグループも、書き写すだけのグループより、よく覚えていた
実験3 健康な高齢者 覚える前に答えを予想すると、書き写すだけより、よく覚えていた
3つの実験を通して 各実験の参加者 テストの効果を、参加者自身は低く見積もっていた

学んでいる最中は、まちがえる学び方のほうが、効果が低く感じられやすい。【ポイント3】で紹介した「混ぜて学ぶ」実験と、よく似た結果です。

自信があったまちがいほど、答え合わせで直りやすかった

アメリカのコロンビア大学のバターフィールドとメトカーフは2001年、「自信を持ってまちがえた答え」が、その後どうなるかを調べました。

  • 研究チームの予想: 自信のあるまちがいほど、記憶に強く残っていて、正しい答えを教えても直りにくいはず
  • 実際の結果: 予想とは反対に、自信の高いまちがいほど、その後のテストで正しく直っていた
  • その後のテストで、正しい答えと、はじめのまちがった答えの両方が頭に浮かんだときも、参加者はほとんどいつも、正しいほうを選んでいた

この現象は、「過修正効果」と呼ばれています。わかったつもりは、いわば「自信のある思いこみ」です。この結果から考えると、自信があった場所で穴が見つかったときこそ、答え合わせの効果が大きく出やすいのかもしれません。

穴が見つかったときの、2つの道を図にまとめます。

flowchart TD
    A["❓ 説明が
止まった"] B["🙈 見なかった
ことにする"] C["💡 学び直す
場所の合図"] D["😶 わかったつもり
のまま"] E["📖 答えを
確かめる"] F["🔁 もう一度
思い出す"] G["🌱 本物の知識に
近づく"] A --> B A --> C B --> D C --> E E --> F F --> G classDef cQ fill:#EAF2FF,stroke:#3B6FD8,stroke-width:2px,color:#1B2B4B classDef cAvoid fill:#FFE9EC,stroke:#E0556B,stroke-width:2px,color:#5C1623 classDef cSign fill:#FFF8D6,stroke:#C9A227,stroke-width:2px,color:#4D3B00 classDef cStep fill:#F3E8FF,stroke:#8B5CF6,stroke-width:2px,color:#3B1F6B classDef cGoal fill:#E6F6EC,stroke:#2E9E5B,stroke-width:2px,color:#14452B class A cQ class B,D cAvoid class C cSign class E,F cStep class G cGoal linkStyle default stroke:#94A3B8,stroke-width:2px

今日から使えるヒント

穴が見つかったら、「穴メモ」を残しておきましょう。

書くこと 例
説明が止まったところ 「ファスナーの、つまみの中で何が起きているか」
自信はあったか あった/なかった
答え合わせで確かめたこと 調べてわかったことを、ひと言で
もう一度思い出す日 1〜3日後

自信があったのに穴が見つかった場所には、印をつけておくのがおすすめです。どちらも研究から考えた工夫で、効果を研究で確かめた方法ではありません。

よくある質問(FAQ)— 「知っていてもウソを信じる」「寝ながら覚える」は本当?

Q1. 知っていることでも、くり返し聞くとウソを信じてしまうって本当ですか?

くり返し見聞きした情報が、少し本当らしく感じられることは確かめられています。ただし、「知識があっても、ウソを信じこんでしまう」とまでは言い切れません。

アメリカのヴァンダービルト大学のファツィオらは2015年、「知っていれば、くり返しの影響は受けないはず」という考えを確かめました。

項目 内容
参加者 デューク大学の学生40人
やり方 雑学の文を見せたあと、初めて見る文と混ぜて、本当らしさを6段階(1=確実にウソ、6=確実に本当)で評価。おしまいに、その知識を持っているかをテストした
ウソの文の例 「大西洋は、地球でいちばん大きな海だ」
結果 知っているはずの事実と矛盾するウソの文でも、くり返し見たもの(平均2.93)は、初めて見たもの(平均2.59)より、少し本当らしく評価された
注意点 どちらの平均も、「ウソ」寄りの評価のままだった

2026年には、フランスのパリ・シテ大学などの研究チームが、1977〜2025年に発表された182の研究(3万1184人)をまとめ、次のように報告しました。

わかったこと 内容
効果の大きさ くり返しで本当らしく感じる効果はあったが、小さかった
効果が弱まった条件 初めて見たときに「本当かどうか」を判断してもらうと、効果はほとんど見られなくなった
効果が変わらなかった条件 「ウソの情報もあります」と前もって注意するだけでは、効果は変わらなかった
研究の偏り 大半はヨーロッパと北アメリカで行われ、アジアで行われたものは1件だけだった

さらに2026年、ドイツのフライブルク大学の研究チームは、「くり返しで生まれた処理のしやすさが、知識に勝ってしまう」という考え方と、「知識があれば、そちらが優先される」という考え方を、新しい実験方法で比べました。結果は前者の考え方に合わず、後者の考え方と両立するものでした。ただし、別の説明のしかたでも同じ結果になりうるため、研究チームは、しくみを見分けるための研究が今後必要だとしています。

ポイントを整理すると、次のとおりです。

  • くり返しで本当らしく感じる効果はあるが、大きくはない
  • 知識があれば防げるのかどうかは、研究者のあいだで議論が続いている
  • 初めて見たときに「本当かな?」と考えると、効果が弱まりやすい

【ポイント1】で紹介した「いつ、どこで知った?」と自分に聞く工夫も、あわせて使ってみてください。

Q2. 寝ながら聞くだけで、新しいことを覚えられますか?

寝ている間に、新しい知識を楽に身につける方法は、今のところ確かめられていません。いっぽうで、起きているあいだに学んだことを、眠っている間に後押しする研究は進んでいます。

香港大学などの研究チームは2020年、この「後押し」の研究をまとめました。

項目 内容
まとめた研究 91の実験(2,004人)
方法 起きているあいだに学んだ内容と結びつけた音や匂いを、眠っている間にもう一度流す
結果 記憶を後押しする効果があり、事実や出来事の記憶や技能など、いろいろな記憶で効果が見られた。効果の大きさは、一般的な目安で小さめ
効果が見られた眠り ノンレム睡眠(段階2と、深い眠りの徐波睡眠)
効果が見られなかったとき レム睡眠のあいだと、起きているとき
対象外にした研究 眠っている間に、新しいことを学ばせる研究

眠っている間の新しい学習については、スイスのベルン大学の研究チームによる研究があります。

研究 わかったこと 注意点
昼寝中の単語の研究(2019年) 深い眠りの間に、意味のない音の単語とドイツ語の単語のペアを聞かせると、脳波の波の山と重なったときに、新しい結びつきが残りやすかった 起きてから意識して思い出せたのではなく、二択のテストで選び方に表れた
同じデータの分析のし直し(2022年) 眠っている間に学んだ組み合わせと意味の近い組み合わせを、起きてから覚えると、かえって覚えにくくなった 同じデータを分析し直したもので、新しい実験で確かめたものではない

「寝ながら聞くだけで覚えられる」という話は、こうした研究でわかっていることとは、ずいぶん違います。起きているあいだにしっかり学び、眠っている間に記憶が整えられるのを待つ、と考えるのが、今の研究に近い見方です。

Q3. 一度覚えたことは、潜在意識の中にすべて残っているのですか?

すべての記憶が消えずに残っている、という証拠はありません。

心理学者ロフタスらは1980年、「長く覚えている記憶は、永久に残っている」という、広く信じられている考えを検証しました。

  • 永久に残る根拠とされてきたもの: 催眠、精神分析の手法、自然に思い出した体験、脳への電気刺激で昔の記憶がよみがえったという報告など
  • 研究者の結論: こうした証拠は、すべての記憶が永久に残り、取り戻せるという見方を、まったく裏づけていない
  • そのほか: 記憶を取り戻そうとして失敗した例も紹介し、記憶が完全に失われてしまう場合についても考察した

【ポイント2】で紹介した単語の研究でも、思い出さなくても表れる記憶の効果は、約2時間でなくなっていました。忘れること自体は、誰にでも起きる自然なことです。だからこそ、【ポイント3】の「思い出す練習」で、必要な知識を取り出しやすくしておくことが役立ちます。

Q4. 人に教えると、自分の理解も深まるって本当ですか?

教えることは、教える人自身の学びにもつながりやすいことが、研究をまとめた分析で示されています。

静岡大学の研究者は2018年、28の研究をまとめ、「ただ勉強する」場合と比べました。

学び方 ただ勉強する場合と比べた効果
教えるつもりで準備する 効果があった(一般的な目安で小〜中くらい)
準備したうえで、実際に教える より大きな効果があった(一般的な目安で中くらい)
相手とやりとりしながら教える 一方的に教えるより、効果が大きかった

ほかにも、次のことがわかっています。

  • 表面的な知識だけでなく、深い理解にも効果があった
  • 時間がたってからのテストでも、効果が見られた
  • 「やりとりしながら教える」と予想するだけでも、一方的に教えると予想する場合より、効果が大きかった

教えることは、【ポイント3】のSTEP1「説明する」を、人を相手に行うようなものです。【ポイント2】の「知識の呪い」を思い出して、相手の反応を見ながら、わからなかったところをたずねてみましょう。

Q5. もの忘れが増えてきて心配です。「わかったつもり」とは違うのですか?

「わかったつもり」は、自分の理解の深さを、実際より高く見積もってしまう心の動きで、誰にでも起きます。いっぽう、以前と比べてもの忘れが増え、仕事や家事、暮らしに支障が出てきている場合は、別に考える必要があります。

若年性認知症コールセンターの「受診のすすめ」では、仕事でミスが重なったり、家事がおっくうになったりしても、認知症とは思い至らず、疲れや更年期障害、うつ状態などと考えて、診断が遅れる例があると説明されています。気になる変化が続くときは、ひとりで抱えこまないで、早めに相談してください。

認知症の人と家族の会は、暮らしの中で気づきやすい変化を「「認知症」早期発見のめやす」としてまとめています。医学的な診断基準ではありませんが、いくつか思い当たることがあれば、専門家に相談してみるとよい、としています。

相談先には、次のようなところがあります。

相談先 どんなところか
かかりつけ医 身近な医療機関。専門の医療機関を受診するときに、紹介状を書いてもらうとスムーズ
神経内科、精神科(心療内科など)、もの忘れ外来 認知症の診察を行う診療科。「もの忘れ外来」を設けている医療機関もある
認知症疾患医療センター 認知症を専門とする医師がいて、診断や治療の方針について相談できる。都道府県に複数あり、都道府県のホームページで公開されている
地域包括支援センター お住まいの市町村の「認知症ケアパス」(認知症の人の状態に応じたサービスの流れ)について、問い合わせられる窓口のひとつ
認知症の人と家族の会 電話相談 本部フリーダイヤル 0120-294-456(土・日・祝日を除く10時〜15時)。携帯電話・スマートフォンからは 050-5358-6578(通話料がかかる)。研修を受けた介護経験者が相談にのる
若年性認知症コールセンター 若い世代で発症する認知症についての相談窓口。0800-100-2707。認知症介護研究・研修大府センターの全国若年性認知症支援センターが実施

電話番号や受付時間は変わることがあり、臨時の休止日もあります(家族の会の電話相談は、2026年9月24日を休止日としています)。利用する前に、それぞれの公式サイトで確認してください。この記事の内容は、学び方についての情報で、病気の診断に代わるものではありません。

この記事のまとめ — 説明は、自分の知識を確かめる身近な方法

記事全体で見てきたことを、表にまとめます。

ポイント 覚えておきたいこと
わかったつもりとは 身の回りの仕組みを、実際より深く理解していると感じる「説明深度の錯覚」は、誰にでも起きる
起きる理由 目で見える部品や、何度も見聞きした情報が、「知っている感じ」をつくりやすい
もう一つの知識 説明できなくても、技能や見え方の中で知識は働いている。知ったことは、なかったことにしにくい
本物の知識に変える3ステップ 説明する → 思い出す → 当てはめる
よくある誤解 くり返しで本当らしく感じる効果は小さく、議論も続いている。寝ている間に新しい知識を覚える方法は、確かめられていない
付き合い方 わかったつもりを恥じなくていい。説明して、穴を見つければいい

記事に出てきたキーワードも、ひと言でおさらいしておきましょう。

キーワード ひと言でいうと
説明深度の錯覚 仕組みの理解を、実際より深く見積もってしまう心の動き
思い出さなくても表れる記憶 言葉で思い出せなくても、技能や反応に表れる記憶。意識して思い出せる記憶とは、別のしくみで働く
知識の呪い 知ったことを脇に置いて、知らない人の考えを推測するのが難しくなること
思い出す練習 読み返す前に問いに答えて、知識を頭から取り出す学び方
転移 学んだ知識を、新しい場面でも使えるようになること
真実性の錯覚 くり返し見聞きした情報が、本当らしく感じられやすくなること
過修正効果 自信のあったまちがいほど、答え合わせで直りやすいこと

記事の流れを、1枚の図にするとこうなります。

flowchart TD
    A["🤔 ファスナーの
仕組みを
説明できない"] B["🔍 誰にでも起きる
説明深度の錯覚"] C["👀 見える部品や
見慣れた感じが
原因のひとつ"] D["🧠 説明できない
知識も働いている"] E["📝 説明する
思い出す
当てはめる"] F["🌱 穴を見つけて
本物の知識へ"] A --> B B --> C C --> D D --> E E --> F classDef cQ fill:#EAF2FF,stroke:#3B6FD8,stroke-width:2px,color:#1B2B4B classDef cWhy fill:#F3E8FF,stroke:#8B5CF6,stroke-width:2px,color:#3B1F6B classDef cCause fill:#FFF4E0,stroke:#E8912D,stroke-width:2px,color:#5A3300 classDef cKnow fill:#FFE9EC,stroke:#E0556B,stroke-width:2px,color:#5C1623 classDef cStep fill:#FFF8D6,stroke:#C9A227,stroke-width:2px,color:#4D3B00 classDef cGoal fill:#E6F6EC,stroke:#2E9E5B,stroke-width:2px,color:#14452B class A cQ class B cWhy class C cCause class D cKnow class E cStep class F cGoal linkStyle default stroke:#94A3B8,stroke-width:2px

ファスナーの仕組みを説明できなくても、それは頭が悪い証拠ではありません。イェール大学の大学院生も、地方の大学の学生も、同じように、説明したあとで理解の自己評価を下げました。【ポイント1】で紹介したように、わかったつもりには、骨組みだけの理解で満足して先へ進めるという、役に立つ面もあるのかもしれません。大切なのは、わかったつもりをゼロにすることではなく、必要なときに、説明して穴を見つけられることです。

今日、ひとつだけ試してみてください。

手順 やること
1 ファスナー、冷蔵庫、水洗トイレなど、身近な物をひとつ選ぶ
2 何も見ずに、しくみを30秒で説明してみる
3 言葉が止まったところを、スマホのメモに1行書く
4 調べてから、もう一度説明してみる

言葉が止まったところは、あなたの知識が、次に伸びる場所です。

この記事をおもしろいと感じた方は、身近な人に「ファスナーの仕組み、説明できる?」と聞いてみてください。言葉が止まったら、この記事で知ったことを教えてあげてください。人に教えることで、あなたの理解も、一段深まるはずです。

まとめ|「わかったつもり」を恥じなくていい、説明して穴を見つければいい

https://youtu.be/3BI4Hdb9otQ

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