アレスが青銅の壺に13か月?戦いの神を縛った兄弟と、救い出した神
戦いの神アレスは、ギリシャ神話でもいちばん荒々しい神の一人です。ところがホメロスの『イリアス』には、そのアレスが縛り上げられ、青銅の壺の中に13か月も閉じこめられていたという話が出てきます。
戦いの神を縛ったのは、山を積み上げて天に上ろうとした巨人のような兄弟でした。救い出したのは、生まれたその日にアポロンの牛を盗んだ神です。
この記事では、アレスを縛った兄弟の正体と、青銅の壺の物語を原典にそってたどります。動けなかった神の物語から、私たちの潜在意識についても考えてみましょう。
この記事でわかること
- アレスを縛った兄弟、オトスとエピアルテスとは何者か
- 青銅の壺の話を語ったのが、誰で、どんな場面だったのか
- アレスを救う始まりになった「一人の女性の知らせ」
- 救い出した神ヘルメスと、「盗む」という言葉のつながり
- 動けない時間を、潜在意識から考える
https://youtu.be/C7kqCNxK0Rg
ひと目でわかる「青銅の壺」の物語
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出てくる本 | ホメロスの『イリアス』第5巻 |
| 閉じこめられた神 | 戦いの神アレス |
| 縛った相手 | 巨人のような兄弟、オトスとエピアルテス |
| 場所と期間 | 青銅の壺の中に13か月 |
| 救いの始まり | 兄弟の継母エエリボイアの知らせ |
| 救い出した神 | 伝令の神ヘルメス |
| この話を語った神 | アフロディテの母、女神ディオネ |
物語の流れを図で確認
flowchart TD
A1["アフロディテが
人間に傷つく"]
A2["アレスが
馬を貸す"]
A3["母ディオネの
「耐えなさい」"]
A4["アレスが壺に
13か月"]
A5["継母の
知らせ"]
A6["ヘルメスが
盗み出す"]
A7["ヘラとハデスも
耐えた"]
A8["母が娘の手を
ぬぐう"]
A1 --> A2 --> A3 --> A4 --> A5 --> A6 --> A7 --> A8
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アレスを縛った兄弟とは?オトスとエピアルテス
戦いの神を縛り上げるほどの相手は、どんな兄弟だったのでしょうか。二人は、父の名をとって「アロアダイ(アロエウスの子ら)」とも呼ばれます。
冥界で語られた母イピメデイア
兄弟のことは、ホメロスのもう一つの物語『オデュッセイア』第11巻にくわしく出てきます。英雄オデュッセウスが冥界を訪ねたとき、イピメデイアという女性に出会う場面です。
- イピメデイアは、アロエウスの妻でした
- 本人は、海の神ポセイドンと結ばれたと語ります
- 生まれた二人の息子が、オトスとエピアルテスです
- 詩は二人を「命の短い」兄弟と呼んでいます
この「命の短い」という言葉は、物語の結末につながります。
波をすくう母と、大地に育てられた兄弟
時代が下った神話集(アポロドーロスの名で伝わる『ビブリオテーケー』)には、こんな話も残っています。
イピメデイアは海の神に恋をして、いつも海辺に通いました。両手で波をすくっては、自分のひざに注いだといいます。
『オデュッセイア』によると、兄弟は実りの大地に育てられ、星座でも知られる狩人オリオンに次いで、背が高く美しかったそうです。
9歳で、背はおよそ16メートル
兄弟の大きさは、9という数が三つ重なる形で語られます。
| 原典の言い方 | 今でいえば |
|---|---|
| 9歳で | 9歳のとき |
| 体の幅が9ペキュス | およそ4メートル |
| 背の高さが9ひろ | およそ16メートル |
| 毎年1ひろずつ伸びた(後の神話集) | 毎年2メートル近く |
ペキュスは、ひじから指先までの長さです。ひろは、両手を広げた長さです。どちらも体を使った昔の単位なので、数字はおよその目安としてお読みください。
山を積み上げて、天へ
やがて兄弟は、オリュンポスの神々に戦いを挑むと脅しました。
flowchart TD
S1["オリュンポス山の
上に"]
S2["オッサ山を
積み上げる"]
S3["その上に
ペリオン山"]
S4["天に上ろうと
たくらむ"]
S5["大人になる前に
討たれる"]
S1 --> S2 --> S3 --> S4 --> S5
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オリュンポス、オッサ、ペリオンは、どれもギリシャ本土の東側に実際にそびえる山です。『オデュッセイア』は、二人が大人になるまで育っていれば、やり遂げていたかもしれないと語ります。『オデュッセイア』は、山を積み上げたと言い切らず、そうしようとした、という語り方です。後の神話集では、実際に山を積み重ねて天に上ろうとしたと語られます。
海を陸に、陸を海に
後の神話集では、兄弟の言葉はもっと大きくなります。
- 山で海を埋めて陸にし、陸を海にすると言った
- エピアルテスは女神ヘラに、オトスは女神アルテミスに求婚した
- 戦いの神アレスを縛り上げた
アレスを縛った話は、この神話集にも短く出てきます。ただ、なぜ縛ったのかは、どの原典も語っていません。
青銅の壺に13か月|『イリアス』第5巻
アレスが壺に閉じこめられた話は、『イリアス』第5巻の中で、ある女神の口から語られます。話の舞台は、トロイア戦争のある一日です。
傷ついたアフロディテと、馬を貸したアレス
愛の女神アフロディテは、息子アイネイアスを守ろうとして戦場に出ました。人間の英雄ディオメデスの槍が、女神の手首のあたりを傷つけます。
| 場面 | できごと |
|---|---|
| 戦場の左 | アレスが槍と馬を雲にあずけて控えていた |
| 女神の頼み | アフロディテがひざをつき、馬を貸してと頼む |
| 女神の言葉 | 「人間に傷つけられて、とても痛いのです」 |
| アレスの答え | 金のひたい飾りをつけた馬を貸す |
| 帰り道 | 虹の女神イリスが手綱をとり、オリュンポスへ |
アフロディテとアレスは、ともにゼウスの子で、母のちがうきょうだいです。荒々しい戦いの神が、痛がるきょうだいに馬を貸す。ふだんの印象とは少しちがうアレスの姿です。
母ディオネの「耐えなさい」
オリュンポスに帰ったアフロディテは、母ディオネのひざに身を投げました。母は娘を抱きしめ、手でなでながら「誰が、こんなことを」とたずねます。
娘のわけを聞いてから、母は言いました。
耐えなさい、わが子よ。オリュンポスに住む多くの者が、人間のせいで、苦しみに耐えてきたのです。
ここで大切なのは、言葉の順番です。母はいきなり「耐えなさい」と言ったのではありません。娘を抱きしめ、話を聞いてから、この言葉をかけています。
神々が耐えた三つの苦しみ
娘をなぐさめるように、母は、神々が耐えた苦しみを一つずつ語り始めます。
| 耐えた神 | どんな苦しみか |
|---|---|
| 戦いの神アレス | 兄弟に縛られ、青銅の壺に13か月 |
| 神々の女王ヘラ | 英雄ヘラクレスの矢を右の胸に受けた |
| 冥府の神ハデス | 肩に矢を受け、痛みのままオリュンポスへ |
ギリシャ語の原文では、母は「耐えた」という同じ言葉を三度くり返します。ハデスを治したのは神々の医者パイエオンで、シリーズ第1話で傷ついたアレスを治したのも、この医者でした。
13か月、壺の中で
母が一番目に挙げたのが、アレスでした。
- オトスと、力強いエピアルテスが、アレスをかたく縛り上げた
- アレスは、青銅の壺の中に13か月も閉じこめられた
- 母は「戦いに飽くことのないアレスも、そこで滅びていたかもしれない」と言う
13か月は、一年より長い月日です。戦いの神が、自分の力では、どうすることもできなかったのです。
救いの始まりは、一人の女性の知らせ
アレスを救う始まりになったのは、アレス本人の力ではありませんでした。
flowchart TD
K1["壺の中で
弱るアレス"]
K2["気づいた
エエリボイア"]
K3["知らせを受けた
ヘルメス"]
K4["人目を盗んで
連れ出す"]
K5["アレスが
壺の外へ"]
K1 --> K2 --> K3 --> K4 --> K5
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class K2,K3 tell
class K4,K5 save
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あの兄弟の継母、美しいエエリボイアが、伝令の神ヘルメスに知らせたのです。なぜ知らせたのかは、詩は語っていません。
「盗み出した」という言葉
ヘルメスがアレスを救い出す場面で、原文は「盗み出した」という言葉を使っています。人目を盗んで、こっそり連れ出すことを表す言葉です。
そのときアレスは、もう弱りきっていました。つらい縛りに、押しつぶされかけていたのです。力ずくで壺を壊したのではなく、気づかれないように連れ出した。ここに、ヘルメスらしさが表れています。
母の手が、娘の痛みをぬぐう
語り終えた母は、両手で、娘の手から神の血をぬぐいました。ギリシャ神話の神々には、人間の血の代わりに「イコル」が流れているとされます。
母がぬぐうと、手は治り、重い痛みもやわらぎました。苦しみを語る話の終わりに、母の手当てが置かれているのです。
兄弟の結末と、救った神ヘルメス
戦いの神まで縛った兄弟は、そのあとどうなったのでしょうか。結末は、本によって二つの形で伝わります。
弓の神アポロンに討たれた兄弟
『オデュッセイア』は、こう語ります。
- 二人が大人になるまで育っていれば、天にも届いていたかもしれない
- ゼウスの子、弓の神アポロンが、二人を討った
- それは、こめかみの下にひげが生えそろう前のことだった
「命の短い兄弟」という呼び名は、このことだったのです。
ナクソス島の鹿|もう一つの結末
後の神話集には、別の結末も残っています。
| 比べる点 | 『オデュッセイア』 | 後の神話集 |
|---|---|---|
| 結末に関わる神 | 弓の神アポロン | 狩りの女神アルテミス |
| 場所 | 語られていない | ナクソス島 |
| できごと | アポロンが二人を討つ | 鹿に姿を変えたアルテミスが、二人の間に跳びこむ |
| 兄弟の最期 | ひげが生えそろう前に討たれる | 獲物をねらい、互いに槍を投げ合ってしまう |
どちらの形でも、力で天をめざした兄弟は、天に届きませんでした。
生まれた日に、牛を盗んだ神
アレスを救ったヘルメスは、どんな神だったのでしょうか。『ホメロス風讃歌』の一つ『ヘルメス讃歌』は、ヘルメスの生まれた日をこう語ります。
| 時間 | ヘルメスがしたこと |
|---|---|
| 朝 | 生まれる |
| 昼 | 竪琴を弾く |
| 夕方 | 兄アポロンの牛を盗む |
牛を盗んだのも、アレスを盗み出したのも、ギリシャ語では同じ「盗む」という言葉です。速さと機転の神らしい、つながりですね。
力では届かず、機転で救われた
縛られた戦いの神は、自分の力では抜け出せませんでした。救ったのは、力ではなく、速さと機転のヘルメスです。救いの始まりには、一人の女性の知らせがありました。
力で天をめざした兄弟と、力では抜け出せなかった戦いの神。この話には、力だけではどうにもならない場面が、二度も描かれています。
潜在意識から読み解く「動けない時間」
ここからは、神話を離れて、私たちの心について考えます。原典に書かれていることと、読み手としての考えを分けてお読みください。
救いは、本人の力だけから生まれるとは限らない
どんなに強い神でも、自分の力だけでは抜け出せないときがあります。アレスを救う始まりになったのは、アレス本人ではなく、一人の女性の知らせでした。
flowchart TD
D1["動けない
時間"]
D2["価値がないと
感じる?"]
D3["誰かが気づいて
知らせる"]
D4["知らせを受けて
動く人"]
D5["つながりから
救いが生まれる"]
D1 --> D2 --> D3 --> D4 --> D5
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classDef doubt fill:#FEF3C7,stroke:#D97706,color:#451A03
classDef link fill:#E0E7FF,stroke:#4F46E5,color:#1E1B4B
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class D1 stuck
class D2 doubt
class D3,D4 link
class D5 hope
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救いは、知らせを届けた人と、知らせを受けて動いた神の、つながりから生まれました。自分で声を出せないときは、周りの誰かが気づいて伝えることにも、大きな意味があるのかもしれません。
気持ちを言葉にすることと、その限界
心理学の研究では、他人の表情を見て、その感情に合う言葉を選ぶ実験があります。言葉を選んだときは、合う顔を選んだときより、感情に関わる脳の反応が小さかったと報告されています。
ただ、言葉にすれば、いつも楽になるとは限りません。
| わかっていること | 言いすぎになること |
|---|---|
| 言葉を選ぶと、脳の反応が変わることがある | 言葉にすれば、つらさは必ず消える |
| 他人の表情を見る実験での結果 | 自分の悩みを話すと必ず楽になる |
| 弱いつらさでは、かえって苦しさが増えた例もある | 神話が心を治すと証明された |
助けを頼むことも、強さの一つ
助けを頼む人は、相手がどれだけ喜んで助けてくれるかを、少なく見積もりがちだという研究もあります。
「迷惑をかけたくない」と思うときほど、相手は思っているより快く手を貸してくれるのかもしれません。助けを求めることも、強さの一つなのでしょう。
動けない時間にも、意味がある
動けないとき、潜在意識の奥で「何もできない自分には価値がない」と感じることがあるかもしれません。でも、動けない時間にも、意味があります。その人の価値は、なくならないのです。
アレスも、ヘラも、ハデスも、苦しみに耐えた神として語られました。母ディオネの「耐えなさい」は、娘を抱きしめ、話を聞いてからの言葉でした。
- 耐えるとは、ひとりきりで耐えることではないのかもしれない
- 動けないときは、誰かに知らせてもらうことも救いになる
- 苦しい時間が、必ず成長につながるとは限らない。それでも価値はなくならない
つらい状態が長く続くときは、一人で抱えこむのではなく、身近な人や専門の窓口に話してみてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. アレスが青銅の壺に閉じこめられた話は、どの本に出てきますか?
ホメロスの『イリアス』第5巻です。傷ついたアフロディテを、母ディオネがなぐさめる場面で語られます。時代が下った神話集にも、兄弟がアレスを縛り、ヘルメスが連れ出したと短く出てきます。
Q2. アレスを縛ったのは誰ですか?
アロエウスの子とされる兄弟、オトスとエピアルテスです。『オデュッセイア』では、母イピメデイアが海の神ポセイドンと結ばれて生まれた子とされ、9歳で背の高さが9ひろもあったと語られます。
Q3. 兄弟はなぜアレスを縛ったのですか?
原典は理由を語っていません。『イリアス』は縛ったことと13か月の期間だけを伝え、後の神話集も理由にはふれていません。理由を言い切る説明には注意が必要です。
Q4. アレスを救ったのは誰ですか?
伝令の神ヘルメスです。兄弟の継母エエリボイアがヘルメスに知らせ、ヘルメスが弱りきったアレスを、人目を盗んで連れ出しました。
Q5. 兄弟はその後どうなりましたか?
『オデュッセイア』では、大人になる前に弓の神アポロンに討たれます。後の神話集では、ナクソス島で鹿に姿を変えた女神アルテミスが二人の間に跳びこみ、兄弟は互いに槍を投げ合ってしまいます。
Q6. ヘルメスはなぜ「牛を盗んだ神」なのですか?
『ヘルメス讃歌』で、ヘルメスは生まれたその日の夕方に、兄アポロンの牛を盗みます。アレスを「盗み出した」場面と同じ「盗む」の言葉が使われているのも、おもしろいところです。
Q7. ディオネとは、どんな女神ですか?
『イリアス』では、愛の女神アフロディテの母とされる女神です。ヘシオドスの『神統記』では、アフロディテは海の泡から生まれたとされ、生まれ方の伝え方がちがいます。
まとめ|動けなかった13か月と、外から届いた救い
| 問い | 答え |
|---|---|
| アレスはどうなった? | 兄弟に縛られ、青銅の壺に13か月 |
| 縛ったのは? | 山を積み上げて天に上ろうとした兄弟 |
| 救いの始まりは? | 兄弟の継母エエリボイアの知らせ |
| 救い出したのは? | 牛を盗んだ神ヘルメス。こっそり連れ出した |
| 誰が語った? | 娘を抱きしめ、話を聞いた母ディオネ |
| 潜在意識から見ると? | 動けない時間にも、その人の価値はなくならない |
戦いの神でさえ、自分の力では抜け出せない時間がありました。救いは、一人の女性の知らせと、それを受けて動いた神のつながりから生まれました。
動けなかったとき、誰かの一言に救われたことはありますか。アレスの物語は、そんな問いを私たちに投げかけているように思えます。